024 犠牲者 (銃士隊)
執政警邏隊の役割は帝都の治安維持である。
その三番隊隊長のミラリオはこのところ地上げ問題に干渉したり(これはある意味治安維持に関係しているが)、執政官と隊長の不倫の噂を調査したりと脱線しがちだが、本来の仕事は帝都の治安を守る事である。
そんなわけで執政警邏隊三番隊隊長であるミラリオはここ数日で立て続けに起こっている辻斬り事件の現場に来ていた。
「これで今月に入って3人目か。いまだに犯人の目星はついていないのだな?」
「はっ!目下のところ全力を挙げて捜査をしているのですが!申し訳ございません!」
ミラリオの言葉に三番隊のパーキンが直立不動で答えている。パーキンは年は若いが腕がたつので隊長であるミラリオも眼をかけている金髪の青年だ。少々軽率なところがあるがなかなか目端がきいているのだ。
「しかし、今回の犠牲者は少し厄介だな。この制服、『銃士隊』の者だろうな」
ミラリオは顔を曇らせるが、パーキンは変わらないテンションで元気よく返事をする。そういえばこのパーキンはいつもこんなテンションだ。
「はっ!すでに身元も割れております!間違いなく『銃士隊』のものであります!そして『銃士隊』の方からは共同捜査に当たりたいとの申し出がきております!」
ここで『銃士隊』について少し説明をしよう。
『銃士隊』は『執政警邏隊』がレイ王家のマーガレット執政官の直属の治安組織であるのと同様に、ヤマ王家の執政官ジェフリーが作った直属の治安組織で、正式には『執政銃士隊』という名称である。
ちなみに帝都を治める三人の執政官はそれぞれ直属の治安組織を作っていて、もう一人の執政官、ロウランドは『執政特務隊』という組織を作っている。
この三つの組織の関係性は少々ややこしい。
どの組織にも優劣はなく横並びの権限を持っており、他の執政官の担当区域でも同じように活動できるのだが、当然のように仲は良くない。いや、表面的には友好関係を結んでいるのだが、互いに他の二組に対するライバル心をもっているのだ。
ただ、同じ権限を持った治安組織が別々に活動して、なおかつ競争心をもっていると治安維持どころか混乱するだけなので、事件の捜査に関しては基本的には一番最初に着手したところがその事件を担当するという暗黙の了解がある。
つまり今回の辻斬りの場合は執政警邏隊が最初に関わっている事件なので、本来なら『銃士隊』が横やりを入れてくる事はないのだが、隊員が犠牲者になったとなるとそうもいかないのだろう。
「仕方ないだろう。一件目と二件目の被害者の資料も渡してやれ」
パーキンの方を見もしないで腕を組んで空を見上げるミラリオ。やはり『銃士隊』にちょっかいをいれられるのは面白くないらしい。その様子を見たパーキンはさっそくデキる部下らしい事を言う。
「はっ!やつらの捜査が混乱するようにデタラメの資料を渡しておきます!さしあたり私が趣味で書いているミステリー小説の設定集を渡しておきましょう!なに、『ちょっと渡し間違えました!』としらを切れば大丈夫です!」
デキる部下として『銃士隊』の捜査を妨害するのは当然の行いだと思っているらしい。しかし、そのやり方はあまりにも雑過ぎるのでさすがにミラリオも止める。
「そこまで気を回す必要はない。お前は時々やりすぎる事がある」
「はっ!気を回すのをやめます!」
小言を言うミラリオだが、いい声で返事をするパーキンに不安になる。
「わかっていると思うが気を回すのをやめてどうするんだ?」
「はっ!私の小説をあの『銃士隊』なんぞに渡すのは気をつかい過ぎました!やつらには便所紙にうんちの絵を描いて『これが資料だ!』渡してやります!」
「そういうことじゃないぞ。ちゃんとした資料を渡せと言っているんだ」
真面目に答えるミラリオ。さすがにそんなバカな事は実際にはしないだろうと思っているが、パーキンのハツラツとした物言いを見ていると不安になるのだ。
「はっ!ちゃんとした資料を渡します!…しかし、『銃士隊』には負けなくないですね」
パーキンはまだ何か言いたげだ。パーキンは隊長のミラリオ以上に『銃士隊』に対抗心がある。『銃士隊』は執政警邏隊以上にエリート意識が強く、貴族とはいえ下級のパーキンは常々面白くないと思っているらしい。
「どうした?何か提案でもあるのか?」
「はっ!こういう時はランバート参謀官のお力を借りてはいかがでしょうか」
新参者であるランバートはその規格外の強さから一部の隊員に人気があるのだが、パーキンもその口らしい。
「ランバート参謀官か…だがランバート参謀官は最近姿が見られないだろう?」
「はっ!なんでも最強を目指して密かに修業しているとの噂です。あれほどの強さを持ちながらいまだに鍛錬を怠らないとはさすがです!」
目をキラキラと輝かせるパーキンだが、執政警邏隊の中では一番ランバートのひととなりを知っているミラリオは(そんなわけはないだろう)と冷静に考えている。
実際のところランバートはマーガレットに特別ボーナスを貰い損ねてから、やる気を無くしてさぼっているのだからミラリオの見立ては正しい。
(しかし、こういう時に頼りになる方ではあるか)
ミラリオはそう考え直すと隊員たちにランバートの所在を探すように命令するのだった。
*
三番隊がランバートを捜索すると、意外とその姿はすぐに見つかっていた。
しかし、話しかけようとするといつのまにかその姿が消えてしまうという眉唾ものの報告がミラリオに入っていた。
「どうにも捕捉することができないのです。ついさっきもそこの裏路地に入るところまでは追跡していたのですが、目の前でパッと消えてしまったのです」
真剣な顔で報告するパーキンは嘘ついているように見えない。怪奇現象じゃあるまいし、と思うミラリオだが確かにここに人の気配は全く感じない。
ランバートほどではないがミラリオも多少の心得があるので近くに人がいたらわかる自信がある。
(まあ、でもあの方は人外ですからね)
そう頭の中でため息をつくと、
「お前たちは他の場所を探してくれ。私も心当たりを探してみる」
パーキンを含む隊員たちをこの場から去らせる。
誰も近くにいなくなったことを確認したミラリオはおもむろに財布を取り出して金貨を三枚ほど地面に落としてみる。
チャリンチャリンッ。
金貨が心地よい音を立てるのと同時に人の気配が感じられるようになる。その空間には何も見えないが確かに存在を感じるのだ。
「…ランバートさん、ちょっとお願いがあるんですが出て来てくれませんか」
「一体何の用事ですか。私は忙しいんですよ」
声とともにランバートが姿を現す。参謀官モードで話しているが、這いつくばって金貨を拾っている様子のせいで色々台無しだ。
「まさか本当にここに隠れていたなんて…どうやっていたんですか?」
感心ともあきれともとれない言い方をするミラリオ。
「これは透明マントだ。昔、旅先で手に入れたレアアイテムだ。文字通り透明に見えるんだよ。まあ、実体はしっかりあるから攻撃をされたら当たるけどな」
この男はかつては世界を回っていたので、いろんな怪しいアイテムも持っていたりするのだ。
次回は 025 調書 です。 たぶん土曜日更新です。