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023 噂の真相

 「怖かったですねえ。ブーティカさん」


 ミラリオはその顔を思い出しているのかダンケル邸を出てからしばらくしてもまだ声が震えている。ブーティカは多少細面(ほそおもて)ではあるものの美人ではあるので怒ると余計に迫力があるのだ。


 「でもなんでダンケルさんは姫様と不倫しているなんて言ったんでしょうか?言い逃れをするにしても姫様を口実にするなんて…」

 

 ミラリオは首をひねるが、ランバートこともなげに答える。


 「ダンケル夫人が言っていただろう。姫さんが相手だから我慢したって。そう言っておけばダンケル夫人を黙らせることができると思ったんだろうな。正直、ダンケルにとっては姫さんよりもあの奥さんの方が怖いんだろうな」


 お嬢ちゃんには男と女の事はわからないだろうなあ、と年上ぶるランバートだがこのおっさんもそれほどわかっているわけではない。

 

 「怖いって言ってもダンケルさんもあれで相当の剣士ですよ。一応、五番隊隊長ですし。いくらなんでもそこまでは…」


 しかし、ランバートが思っている以上に脳筋のミラリオは強さを単純に戦闘能力と考えているので、脳筋のミラリオにも分かるように説明する。


 「ダンケル夫人がへし折っていた扇子があるだろ?」


 「ええ。すごい怒ってましたよね」


 ブーティカの鬼の形相を思い出して再び身震いするミラリオにランバートがぼそっと言う。


 「あれ、鉄扇だぞ」


 「えっ!?」


 ミラリオは絶句する。鉄扇を一瞬で完全に真っ二つに折るなど、尋常の力ではない。かなり鍛えているミラリオでもまず無理だろう。


 「あれは力だけじゃねえなあ。技もある。隊長クラスにもほとんどいないレベルの実力者だよ」


 ミラリオの疑問に答えるようにランバートが言う。ランバートは執政警邏隊の全隊長の実力を把握しているわけではないが、ミラリオやダンケルなどと比べるとブーティカの方が遥かに強い印象をうけている。


 「…そう言えば士官学校で伝説的に語り継がれている女傑がいるんですが、私はその伝説の内容からゴリラの様な方を想像していたんです。しかし、あれはブーティカさんの事だったのかもしれませんね」


 士官学校を卒業後に直ぐに結婚して家庭に入ったので、その後の功績はまったくないがその才能は歴代最高と名高い女傑がいた事をミラリオは思い出す。確か年のころもちょうどブーティカと同じくらいのはずだ。

 

 「ゴリラって…。どんな伝説だよ。それにしてもあの受付嬢といい、なかなか個性的な連中を輩出している士官学校だな」


 伝説の内容も気になるが、士官学校に興味を持ったランバートにミラリオが答えようとしたところに一人の男が駆けてくる。ダンケルだ。


 その勢いにミラリオは思わず身構えるが、ランバートは悠然としている。焦った様子はあるもののダンケルから殺気は感じられないからだ。


 「全てを知ってしまったようだな」

 

 ダンケルは諦めたように肩を落としている。そんなダンケルに対してランバートは真面目な参謀官として相対する。

  

 「それで口封じに私とやり合う気か?向かってくるなら容赦はしないが」


 ランバートの言葉にダンケルは「滅相もない」と首を振る。


 執政警邏隊最強のサミュエルですら勝てなかったランバートだ。ダンケルは自分程度がかなうはずがないのはよくわかっているのだ。

 

 「頼む、見逃してくれ!なんとかごまかしてくれたら金貨10枚、いや、100枚払おう!」


 (100枚!?姫さんの特別ボーナスでもそれほどではないだろうなあ…)


 ダンケルの訴えにランバートはぐらつきかける。どうもこの男は金に弱いところがある。そんなランバートの裾をミラリオが引っ張る。


 「ダンケルさんがそんな大金払うのは無理だと思いますよ。この人、財布のひもは奥さんに握られていますから持っているのはせいぜい女遊びをする小遣い程度ですよ」


 ミラリオがぐらついているランバートの様子に呆れたように言うと、


 「貴様、この私を買収できるとでも思ったか!観念して執政官殿の沙汰を待つんだな!」


 しっかり悩んでいたくせに堂々言い放つランバートを白い目で見るミラリオなのだった。





                      *



 「それで姫さん、どうするんだ?ダンケルをここに連れてこいっていうなら連れてくるけど」 


 真相をマーガレットに告げたランバートだが、この場にダンケルは連れてきていない。もちろん買収されたわけではない。


 不倫の噂の張本人であるダンケルをマーガレットの執政官室に連れているを下手に誰かに見られたら更にあらぬ噂を呼ぶかもしれないと考えたからだ。


 「いや、その必要はない」


 マーガレットもランバートの配慮に気づいている。確かにダンケル本人がここに来たら面倒なことになるだろう。


 「しかし、それほどまでにダンケルは細君(さいくん)の事を恐れているのか?」


 自分を巻き添えにしてまで不倫をごまかそうとするほど妻を恐れるのは、マーガレットから見てもおかしなことらしい。


 「まあ、そうだな。なんでも士官学校の『伝説の女傑』らしいぞ」


 「あの女傑か!?本当なのか?」


 思わぬ人物の登場にマーガレットは聞き返す。


 「本当かどうかはわからないが、あれと戦えるのは執政警邏隊の中でもほとんどいないだろう。伝説になってもおかしくはないな」

 

 本当か?と言われるとランバートも断言はできないので自分の感想を述べるに留めるが、その言葉はマーガレットを確信させる。ランバートの強さを見極める目は確かなので間違いないだろうと思ったのだ。


 「『伝説の女傑』は私も探し求めていた人材だったのだが、そんなところにいたのか…」


 「姫さんでも見つけられなかったのか?」


 執政官の権限があれば人探しくらいなら簡単にできそうなものだとランバートは思うが、


 「ああ。『伝説の女傑』の事を知っている者たちを調査させたんだが、その存在は認めても名前だけは絶対に明かしてくれなかったのだ。執政官権限で多少脅したりもしてみたが、それ以上に名を明かす事に怯えていたからな。なるほど『伝説の女傑』ならダンケルが恐れるのもわかる話だ」


 マーガレットは一人で「うんうん」と納得している。


 「それはいいが今回の事はどう処分するんだ?まさか隊長だからお(とが)めなしとはならないんだろう?」


 「そうだな…」


 ランバートにきかれたマーガレットは眉間にしわを寄せる。


 隊長一人を左遷させようと思ったら、当然その後釜を用意しなくてはいけないのだが、隊長クラスになると家柄も実力も伴った適当な人物がすぐにいるわけではない。


 だが、やがていい案を思いついたのか隣室に控えていた秘書官を呼び寄せると、ある人事を発令させる準備をさせる。


 その後、執政警邏隊の人事が掲示された。以下の通りである。


 ・五番隊隊長ダンケル・ゴールドウィンを五番隊平隊員に降格する。

 ・五番隊新隊長にブーティカ・ゴールドウィンを任命する。


 目にした者は唐突な人事に驚いていたが、どうやらダンケルの妻であるブーティカは士官学校『伝説の女傑』であることが知れ渡ると意外と皆すんなりと受け入れていた。実力だけのランバートは例外中の例外だったが、家柄と実力を持った者が抜擢(ばってき)される事にはそれほど抵抗がないのだ。


 また、どうやら『マーガレット執政官と五番隊隊長ダンケルの不倫』の噂は全くのデマで、ダンケルは他の者と不倫していたらしいのだが、それが原因で五番隊新隊長に選ばれたブーティカが嬉々として部下になったダンケルを馬車馬の様にこき使う姿に、異論を唱える事ができる者などいないのだった。


 



                      *


 

 数日後、密かに執政官室を訪れるランバートの姿があった。


 「ところで例のものはいつくれるんだ?」


 「例のもの?」


 「またまた~、ほら、れいの、特別のあれだよ、あれ」


 ランバートは待ちきれないといった口調で催促している。


 「ああ、特別ボーナスか」


 素っ気ない感じでマーガレットは言う。そんな話もあったな程度の反応だ。


 「そう!それだ!いや~、自分で言うのも変だが俺も慣れない仕事でなかなか苦労したからな~。それを解決した頑張りを評価するなら相当なボーナスをくれても罰は当たらないと思うぞ!」

 

 このままうやむやにされてなるものかとランバートはここぞとばかりに手柄をアピールするが、マーガレットは静かに一枚の書類を取り出す。ランバートの視線がその紙に移った事を確認して、


 「この前、経理から報告があってな。カジノでの賭け金を『調査費』として計上していた不届きなヤツがいたんだが、今回は特別にそれを経費として認めてやったのだ。良かったな。特別だぞ」


 『氷の』には珍しく微笑むマーガレット。

 

 「ん?どうした?眼が泳いでいるぞ?嬉しくないのか?」


 自分の方が嬉しそうな顔になっているマーガレットは、ダラダラと冷や汗を流すランバートを見ながらひたすら微笑み続けるのだった。

 


以上で第三章は完結です。次回は 『いくつかの用語説明など』 を挟んで 第四章 『辻斬り』 が始まります。水曜日更新予定です。ブックマーク、いいね ありがとうございます!励みになります!

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