022 ダンケル夫人
「ご婦人。残念ながらあなたが町のチンピラを雇って、我々を襲わせた事はすでに明白なのです。彼らが全て白状しましたからね。しかし、我々がここに来たのはそのことを追及するためではありません。あなたに聞きたい事があって来たのです」
ランバートは襲撃されたという、いわば強い立場なのだがブーティカを責めることなくあくまで丁重に話している。しかし、指摘されて弱い立場のはずのブーティカはうす笑いを浮かべて真剣に取り合わない。
「オホホッ。面白い事をおっしゃるのね。なんの証拠があってそんな事をおっしゃるのかしら。町のチンピラが白状した?そんなものは何の証拠にもなりませんわ。ああいう下々の者たちは平気で噓をつくでしょう?そもそもわたくしが、町のチンピラを雇うなんてあり得ない事ですわ。わたくしの言う事をきいてくれる者は他にいくらでもいますのよ。わざわざ町に出てそんな者を雇う必要などないでしょう?」
自分の様な身分の高い貴族なら手足にように動かせる者はいくらでもいると、ブーティカは扇で口元の笑いを隠しながら言う。
もちろんここで素直に帰るランバートではない。男なら逆らう気が起こらないような気合を込めて睨みつけてやるところだが、さすがに相手が貴族夫人だとそうはいかない。
「わざわざそんな者を使う必要があったから使ったのでしょう?使用人を直接使うと足がつくかもしれませんからね。しかし慣れない事はしない事ですね。慣れない事をするからロクでもない者たちを選んでしまうのです。貴族様には平気で嘘をつく下々の者を見分ける事などできないのですからね」
言葉はまだ丁寧なままだが、『お前の眼は節穴だ』とランバートは一歩踏み込んでいく。
「どういう意味かしら?」
ブーティカは額に青筋を立てている。ランバートは参謀官という高官ではあるが所詮はポッと出の新参者とバカにしているので、その程度の者に侮辱されるのはこの気位の高い貴族夫人には我慢できないらしい。
「言葉のままですよ、ダンケル夫人。大人しく使用人にでも頼んでおけばよかったのです。もしくは町の者に頼むにしても依頼は使用人に任せるとか。あなたよりは見る目があるでしょうからね。はっきり言ってあなたが自ら選んだ者たちはチンピラ中でも最低ランクですよ。金を出すだけで無駄な連中です。よく金を持ち逃げされずにすみましたね。運が良かった」
運が良かった、と言うランバートだがその内容は完全にブーティカを挑発している。しかし、ランバートの口から『金を持ち逃げされなくて良かった』とかよく言えたものである。
「ぶっ、無礼な!」
図星をつかれたブーティカは怒りのあまりそれ以上何も言えなくなっているが、その顔は般若の様だ。
(こっ、こわ~。なんでランバートさんはこうも人を怒らせるのが得意なんですか)
ミラリオはブーティカの迫力に怯えながらも、質問する。これ以上ランバートに話させたらブーティカの血管が切れてしまいそうだ。
「そもそもなんでダンケルさんの不倫調査をしていた私たちを襲わせたのです?」
ブーティカとダンケルの関係が冷え切っているのは有名だ。そんなブーティカがわざわざダンケルの不倫調査を止める理由がわからない。やはり貴族の面子だろうか。
「主人の不倫を知った時、わたくしはその相手を探して徹底的に追い詰めてやろうと思いましたわ。しかし、その相手がマーガレット執政官だという事でしたからわたくしも我慢したのです。事を大きくするのはよくありませんからね。それをあなたたちが事情も知らずに調査などをしているからわたくしはそれを止めようとしたのですわ」
自分はマーガレットのために我慢したのに、その配下であるランバートたちが余計な事を調べていると思ったのでチンピラを雇って止めようとしたらしい。
「どうして不倫相手がマーガレット執政官殿だと思ったのですか?やはりあの噂ですか?」
ランバートはようやく本題に入ったとばかりに質問する。マーガレットが不倫相手だと調査して知ったのか、それとも噂で知ったのか、そこが重要なのだ。
「それは主人がそう言ったのです。不倫を認めた主人がわたくしに相手を追及されて、口走ったのがマーガレット執政官の名前だったのです」
「はあ?ダンケル自身がそう言ったのか?」
思わず素で話すランバートにブーティカは眼を見開きながら答える。今はその無作法を追及するよりも話を進めたい気持ちの方が強いのだ。
「そうですわ。わたくしに不倫の事を追及されたときに『相手はマーガレット執政官だから事を大きくしないで欲しい』と言ったのは主人ですわ」
「それはおかしいですよ。ダンケルさんの愛人は姫様ではなくて町の飲み屋の女性ですよ」
ミラリオが口を挟んでくる。飲み屋でランバートが目星をつけた女性を見張って、すでに何度かダンケルがその女性の家に通っているところを確認している。更にダンケルががその女性宛てた恋文も証拠として確保している。
「それは本当ですの!?ミラリオさん」
「はい、間違いありません。証拠もあります」
「あの、グズが!」
淡々と答えるミラリオの姿に、ブーティカは持っていた扇子をバキッっと真っ二つに折る!
その迫力にミラリオは思わず直立不動になるが、自分に対しての怒りではないと気づく。ブーティカの視線は部屋に飾ってあるダンケルの肖像画に向いているからだ。
「…わかりました。大変ためになるお話でしたわ。後は家庭内の事ですからこの場はお引き取り下さい」
「いや、まだ話は…」
「お引き取り下さい」
にっこりと笑うブーティカにランバートは鬼気迫るものを感じて「ハイ…」と引き下がるのだった。
次は 023 噂の真相 です。三章完結です。
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