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017 談判 (マーガレット)

 ミラリオがマーガレットに地上げの件を報告しに行った後、ランバートは執政官室に呼び出されていた。


 (げっ!)


 ランバートは思わず後ずさりする。


すでにミラリオはいなかったが、そこには渋い顔をしたマーガレットが待っていたからだ。

 

 「あんまりミラリオをいじめるなよ。あいつは真面目なんだ。貴様とは違うぞ」


 困った奴だという風に言うマーガレットに対してランバートは真っ向から反論する。


 「別にいじめてるつもりはねえよ。試したのは確かだがな。でも、それはあのお嬢ちゃんの成長のためだぜ?」


 ランバートが自分はマーガレットに報告しないと言ったのは、その場合にミラリオがどう行動するか試していたためだと主張するが、


 「…本当にそれだけか?」


 容易にはその言葉を信用しないという疑いの目で見てくる。


 まだランバートの事をよく知らない純粋なミラリオならあっさり信じたと思うが、この氷の執政官には通用しないらしい。


 「どうせ貴様の事だ。私に報告したらそのあとの処置がいろいろ面倒だととでも思ったんだろう?そうやって自分がしたくない事をしないから貴様は…」


 「おっと、俺がしたくない事をしてないから姫さんは生きているんだぜ?」


 「ぐっ…。バカの一つ覚えのように!」


 痛いところをつかれながらも悪態をつきかえすマーガレットだが、やや勢いがない所を見て(この手はまだしばらく使えるな)ほくそ笑むランバートだ。


 「で、どうするんだ?」


 今度はランバートが質問している。あの場所の地上げをどうする事にしたのかはランバートも気になるところなのだ。


 「ミラリオにも言ったが、あの地域の再開発は必要な事だ。当然、計画に変更はない」


 いつものようにマーガレットの口調に迷いはない。


 「ご立派な事だな。それじゃあ、俺たちにあのばあさんの土地の地上げ命令を下すのか?悪いがそれは俺のしたくない仕事だな」


 「安心しろ。私も手荒な地上げなどする気はない。だいたいあの土地の地上げは私の命じた事ではないからな」


 「どういうことだ?」


 「恐らくなかなか立ち退きが進まない事に(ごう)を煮やした一部の役人が民間軍事組織に勝手に依頼したのだろう。ウォーベックほどの大規模の民間軍事組織は少ないが、小さな組織は数多くあるからな。」


 他人事の様に言うマーガレットは『氷の』二つ名に恥ない冷たい表情だ。


 「姫さんは知らなかったと?」


 「当たり前だ。私が依頼するならもっとマシなやり方をする所にする」


 「なるほどな」


 依頼しないと言わないところがマーガレットらしい。


 「しかし、再開発はする、地上げをしない、となったらどうするんだ?」


 明らかに矛盾しているとランバートは指摘するが、マーガレットは簡潔に答える。


 「説得する」


 「どうやって?それができるなら地上げなんてしてないだろう」


 「私自身が(おもむ)いて説得する」


 「姫さんが、執政官が、ただの平民相手に、自分で、行くのか?」


 いちいち区切りながら確認するランバートだが、それだけ異常な事態だ。王に当たる者が平民を、しかも下町の老人一人をわざわざ説得しに行くことなど他の国ではあり得ない事だろう。もっともこの帝国でもマーガレット以外の執政官ではあり得ないのだが。


 「そうだ。他にもやることがあるから直ぐにとはいかないが、一週間以内にはケリをつけるつもりだ」


 「はあ…。姫さんは仕事好きなんだな」


 呆れたようにため息をつくランバートに、


 「何を言っている。貴様も付いてくるんだぞ」


 マーガレットはしっかり釘を刺すのだった。



                     *

 

 

 四日後、マーガレットは予想よりも早く老婆の元を尋ねる準備を進めていた。


 「本当にあのようなところに行かれるのですか?」


 「ああ。それからついてくるのは事情を知っているミラリオとランバートだけでよい。多勢を引き連れていくと目立ちすぎるからな」


 「しかし、それでは危険なのでは…」


 マーガレットの身を心配する秘書官だが、


 「あの男が一人いれば大丈夫だろう。執政警邏隊最強の男だぞ」


 「それはそうですが…」


 秘書官もランバートが総隊長サミュエルを破ったことを知っているので強くは反対しない。それにこれ以上止めても、この姫様が一度すると言ったことをやめる事はない性格と知っているので諦めるのだった。




                         *


 


 ミラリオに案内されて老婆の店の前に来たマーガレットは供をしていた二人に指示をする


 「お前たちはここで待て。私が一人で話をする」

 

 「しかし…」


 心配そうな顔をするミラリオに、


 「大丈夫だ。私とて老人にやられることはないよ。それに危険な人物ではないのだろう?」


 「それはそうですが…」


 冗談交じりに言うマーガレットだがミラリオはまだ不安そうだ。


 「ランバート」


 「えっ、ええ。執政官殿の腕前でも彼女に後れを取ることはないでしょう。私が確約します」


 いきなりふられたランバートは微妙に失礼な言い回しになっているが、素直にマーガレットを肯定している。


 「ということだ。なに、それほど長くはかからんだろう。30分して出てこなければ一応確認してくれ」


 (ずいぶん自信満々なことだが本当にそんな簡単な事なのか?)


 半信半疑のランバートだったが、すぐに思い知ることになる。


 この姫様はただの飾りの執政官ではない事を。


 20分ほどで老婆の家から出てきたマーガレットにミラリオが駆け寄っていく。 


 「説得はうまくいったのですか?」


 「ああ。なんとかな」


 「さすがは姫様。姫様が自らお話しされると違いますね」


 あっさりと解決したマーガレットをミラリオは尊敬の目で見ている。しかし、マーガレットは


 「私の手柄ではない。お前たちのお陰だ」


 「私は何も…」


 かたくなだった老婆の心を開かせて話を引き出したのはランバートだ。その後も過激な地上げにあっているという表面的なことしか見えていなかったミラリオに対して、ランバートはことの本質を見抜いて解決に導いた。


 これではミラリオが自分は何もしていないと思ってもおかしくないだろう。

 

 あからさまに元気のないミラリオを励ますようにマーガレットその肩をつかむと目を見て話し始める。


 「あの老婆は感謝していたぞ。この土地の地上げに絡んで不審死した者たちを殺した容疑者たちを逮捕したそうじゃないか」


 「それは…執政警邏隊として当然の事ですから」


 「それだけではない。ミラリオ、お前は三番隊の人員を毎日あの老婆は所へ向かわせていたな?そしてお前自身も時間が許す限り顔を出していたんだろう?」


 ミラリオは地上げ反対派を溺死させた犯人の捜査と並行して老婆の身の安全も確保していたのだ。真面目なミラリオらしい行動だ。


 「あの老婆いわく、『いろんな気遣いのできる男前』と、『おせっかいな小娘』が主君としている私なら信用してやるとのことだ。だからお前が役に立たないなんて事はないぞ。私はいい部下を持った。それは間違いな…」

 

 上機嫌で話していたマーガレットだが、話を止める。頬に傷のある男を含めた数人の男たちがこちらをにらんでいることに気付いたからだ。


 「何者だ?」


 「地上げをしていた者です」


 マーガレットの問いにミラリオは相手に聞こえないように小声で答えるが、マーガレットはそんな事はお構いなしによくとおる声であえて聞こえるようにろうろうと宣言する。


 「貴様たち、一足遅かったな。この土地の問題はすでに私が解決した。このマーガレット・レイがな」


 まさかマーガレットが名乗ると思っていなかったのか、頬に傷のある男は少し驚いたように口元をゆがませる。


 「お姫様、あんまりじゃないですかね。我々はあなたの事業に役立つために動いていたって言うのに、仲間は逮捕されるし、その上、結局はあなた自身が解決してしまったら、我々は報酬を得る事ができなるではないですか」


 言葉遣いこそ丁寧だが言っている事はチンピラの因縁そのものだ。当然こんな者をマーガレットが相手をするはずもない。 

  

 「非道な事をするからだ。貴様らに命令した者がどんな指示をしたかは知らんが自業自得だな。まさか私に迷惑料を払えとでもいうのか」


 「いえ、もっと金になる儲け話がありましてね。ここであなたに死んでいただく事にしました」


 頬に傷のある男の号令でさらに十人前後の男たちが出てくる。その顔触れが以前ミラリオが懲らしめた者たちとは違うのは、そいつらはすでに逮捕されているからだろう。


 だが、違うのは顔だけではない。


 (全員ただのチンピラじゃねえな…。前の奴らとは実力が違う。ザコじゃねえ)


 一目見ただけでその強さを見抜いたランバートはマーガレットを隠すように前に出る。


 「ここからは俺の仕事だな、姫さん」


 「やりたい仕事か?」


 「まあ、そういう事だ」


 剣を抜き放ちながら更に一歩前に出るランバートなのだった。

次回は やりたい仕事 (ランバートという男) です。土曜日更新予定です。

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