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016 老婆 (地上げ)

 一瞬硬直したミラリオだったが、気を取り直して老婆に再び声をかける。


 「落ち着くんだ。暴漢は追い払ったぞ。私は執政警邏隊だ。帝都の治安を守る者だ」


 老婆が気が動転して暴言を吐いたと思ったのかミラリオは改めて自分の身分を説明する。


 「見りゃわかるよ!そんな偉そうな服着てたら誰だって役人だとわかるだろ!」


 さきほどまでは店を荒らすゴロツキたち相手に消え入るような声で這いずり回っていた老婆とは同一人物とは思えないドスの効いた低い声だ。


 「えっ…と」


 ミラリオは老婆の意外な反応に再び面食らう。


 しかし、その無礼な態度に怒っているわけではなくて困惑しているようだ。


 この育ちの良い三番隊隊長は民間人の老婆に怒ったりはしないが一応ゴロツキを追い払って助けた形になっていたので、普通に感謝されると思っていたらしい。


 (この辺りは治安も悪く、一般の警邏隊の者もワイロを受け取って多少の揉め事には目をつぶっているとの噂もある。住民の役人に対する不信感は想像以上に強いようだ)


 ミラリオは不信感を理解しながらも話せばわかるはずだという世間知らずな考えをしている。


 「私は執政警邏隊。悪人に加担して見逃すような者たちとは違う。我々は悪にはきちんと報いを受けさせる組織なのだ」


 「ふん、結局は役人なんだろ。役人なんてみんな信用できないね!」


 不正をしないはずの執政警邏隊と名乗っても老婆の反応は変わらない。


 (おいおい、なんかきいてたのと違うじゃねえか)


 ランバートはミラリオと老婆のやり取りを聞きながら、執政警邏隊の自らの評価と世間の認識の差を感じている。ミラリオが思っているほど執政警邏隊は信用されているわけではないようだ。


 「役人に対する不信感があるようだが、私達はマーガレット執政官直属の組織。悪人から袖の下を受け取るような卑劣な事はしない」


 「あたしにとっては同じだね。何もかわりゃしないよ!」


 同じことをしつこく繰り返すミラリオに老婆は次第に苛立ちを募らせている。

 

 (こりゃあ、ダメだな)


 このままでは(らち)があかないと思ったのかランバートが口を挟む。


 「彼らは一体なにものなのですか?よろしければ教えて頂けないでしょうか」

 

 身をかがめて落ちた果物を拾いながら老婆に視線を合わせた姿勢で丁寧に言うランバートに、


 「…見りゃわかるだろ。地上げだよ。この土地から出て行けってさ」


 老婆はまだ言葉に棘は残っているものの、初めてまともに質問に答えている。


 「なるほど。地上げですか。この辺りは再開発が進んでいると聞いてましたが…。しかし、あまり刺激すると危険ですよ」


 ついさっきミラリオから聞いたばかりなのだがランバートは以前から事情を知っていたかのように話している。


 「だからあたしゃ逆らってなかっただろ。ああいう連中はこっちが強く出て、へたに刺激すると危ない事をしてくるからね。ああやって『ひぃ~』とかやってればなんとかやり過ごせるんだよ」


 どうやら老婆は危険を避けるために演技をしていたようで、こっちのちゃきちゃきの感じが素の様だ。


 (食えねえばあさんだな。まあ、俺は嫌いじゃないがな)


 ランバートは苦笑する。その顔を見て老婆もニヤリと笑う。老婆の方もこの白服から役人にはない雰囲気を感じ取ったのか気に入ったようだ。なによりランバートがなかなか男前なのも老婆には好ましかったらしい。いくつになっても女なのだ。


 その後も店の片づけを手伝いながらランバートは最近の景気の話や天気の話を老婆としている。ランバートは師匠が年だったので意外と老人の扱いが上手いのだ。


 やがて店の片づけがすっかり終わってランバートは「それでは」とあっさりと帰ろうとするが、ミラリオはそうはいかないようで、

 

 「事情はわかった。暴力による不法な立ち退き行為をする事は許さる事ではない。後は私たちに任せておくといい」


 あくまでも役人らしく堂々と宣言するのだが老婆は「わかった、わかった」とうるさそうに答えるだけだった。

 

 その帰り道、ミラリオは下を向いて考えこみながら歩いていたが意を決したようにランバートに質問してくる。


 「どうしてランバートさんには対応が違ったんでしょうか」


 (このお嬢ちゃんは本当にわからないって顔だな)


 「私もミラリオ隊長にお聞きしますが、どうして私やラナさんに対してのものと、あのおばあさんに対しての口調が違ったんですか?」


 質問に対して質問で返すランバートにミラリオは当然のように答える。


 「ランバートさんは上司でラナは先輩ですから。一般市民とは当然扱いが違いますよ」


 「確かにそうですがあの方はあなたよりずっと年上でしょう?それなのに見ず知らずの小娘からいきなり生意気な口をきかれたら、他の偉そうな役人とどう違うんだってなりますよ」


 「…そういうものですか」


 わかったようなわからないような反応をするミラリオだ。


 ミラリオはマーガレットの学友だけあって貴族の中でも相当身分が高い。それだけに庶民の気持ちなどわからないのだろう。


 (まあ、あの婆さんが怒っていたのはそれだけじゃあなさそうだがな)


 まだ考えこんでいるミラリオを見ながらランバートはもう少し調べてみる気になっていた。


                                     *




 三日後、ミラリオはランバートを訪ねていた。

 

 「私、あの後調べてみたのです」


 「何をですか?」


 「三日前に揉め事があったじゃないですか」


 「ああ、あのおばあさんの」


 ランバートが理解したところでミラリオは話を続ける。

 

 「あのおばあさんの言っていたことはある意味本当みたいです。やつらの地上げに対して最初は強く逆らった者たちもいたようなんですが彼らは殺されています。表向きには川で溺死した事になっていますが、やつらに殺されたのは間違いないようです。地上げのために殺人までするなど、こんな非道を許すわけにはいきません!必ず報いを受けさせてやります!」


 鼻息荒く憤っているミラリオを落ち着かせるようにしてランバートも口を開く。


 「なかなかよく調べているようですが私の方からも報告することがあります」


 「何ですか?」

 

 「あの土地の再開発をしているのはマーガレット執政官殿ですよ。まあ、正確には三人の執政官のうちでマーガレット執政官殿が担当ということですがね」


 「えっ?!そんなはずは…」


 ミラリオはマーガレットの担当区域を知っているのであの区域は別の執政官の担当だと思っていたのだが、


 「いえ、あそこは複数の地区が合同で区画整理になっているうちの一つなのです。今回開発される地区の中にはマーガレット執政官殿の担当地区も入っていて、そのためマーガレット執政官殿が代表して担当になっているんですよ」


 ランバートが説明するとショックのあまり言葉を失っている。


 ミラリオには自分の敬愛する姫が非道な地上げなどしないという純粋な思いがあるのだろう。


 「でもこれであの男たちが私たちが執政警邏隊だと知っても構わないと言ったわけがわかりましたね。何しろ今回の再開発はマーガレット執政官殿が進めていることなのですから私たちがそれを知れば文句が出ないと思ったのでしょう」


 したり顔で説明するランバートに、


「その事を姫様に報告したのですか?」


 ミラリオは顔面蒼白になりながら確認する。


 「まさか。私は新参者ですよ。私を抜擢して下さった執政官殿のご機嫌を損ねるような事はしたくありませんからね」


 「・・・っ!!」


 軽く笑って言うランバートに対して、ミラリオは言葉にならない唸り声を上げると足早に立ち去ろうとする。


 「どこに行くのですか?」


 「姫様の所に決まっている!」


 その背にかけられた言葉に振り向きもしないで去っていくミラリオの姿に(悪くねえな)と思うランバートなのだった。

 

 

次回は 017 談判 (マーガレット) です。 

水曜日更新予定です。

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