012 密談(ウォーベックと覆面)
執政警邏隊総隊長サミュエルに対して新参者の参謀官が一対一での決闘を挑んで、完膚なきまでの勝利をおさめたという噂話はすぐに帝都内に広まっていった。
これはサミュエルの身分が執政警邏隊総隊長だからというよりは帝都におけるその剣名の高さから、話題になったのだろう。
サミュエルは25歳の若さで国内有数の実力者として知れ渡っている。そのサミュエルをまるで子ども扱いした新星が執政警邏隊に加わったという話は強者好きの帝都の者たちの格好の餌になっていた。
事実はランバートがマーガレットに話したように色々セコい手を使って圧倒しただけで、本来の実力差はそれほどでもないのだが…。
しかし、この噂を単なる新しい強者の登場として楽しめない者たちがいた。ウォーベックと覆面の男だ。
さっそくいつものように密談を開始する。
「あの女が新しく執政警邏隊に入れた男の事を聞いたか?」
「はい。かなり噂になっているようです。恐ろしく腕の立つ男だと」
覆面の問いにウォーベックは神妙に頷いている。
「聞くところによるとあのサミュエルが手も足も出なかったらしいな」
「そのようですな」
「その男に睨まれたが最後、サミュエルは一歩も動けず立ったまま気絶していたという話だが…」
だいぶ尾ひれがついた噂話がたどり着いている覆面の男に対して、
「それは正確ではありませんな。そんなオカルトな話ではなく、まともに戦って負けたようです。ただ、かなりの実力差があったのは間違いないようですな」
ウォーベックは二人の戦いを実際に見ていた執政警邏隊員から直接聞いているので、それなりに正確な情報を得ている。
その後も自分の知っている話を確認するように言う覆面の男に、ウォーベックはいちいち相づちを打ちながら答えている。
しかし、どこか他人事の様なその態度に覆面の男は不満だったが、そのうち噂話ではなく自分たちだけが知る本題に入ることにしていく。
「まさかあの男ではあるまいな?」
覆面の男が疑っているのは自分たちが雇った暗殺者がマーガレットに懐柔されて執政警邏隊に入ったのではないかということだ。
事実その通りなのだが、ウォーベックは断定するように否定する。
「直接見たわけではありませんが、容姿もかなり違うようですし、何より自分を暗殺しに来た暗殺者を側近にはしないでしょうし、ターゲットに雇われる暗殺者もいないでしょう」
「…それもそうだな」
ウォーベックの解説に覆面の男はあっさり納得している。常識的に考えればそうだろう。まあ、残念ながらマーガレットにもランバートにも常識はなかったのだが。
そんな事とはしらないウォーベックは更にそう考える根拠を述べる。
「それにあの男の実力はわたくしと同程度。そしてわたくしがサミュエルと戦えば三本に一本は取られます。そのサミュエルを圧倒できるとなるとわたくしを超えた人外の化物でしょう」
サミュエルの実力を『自分から三本に一本取ることができる』という見立てがランバートと全く一緒なのは偶然ではないだろう。ランバートと互角の実力を持つウォーベックだからこそサミュエルに対して同じ評価を下しているのだ。
しかし、そのせいで自分以上の実力を持つと思われる新参の参謀官がランバートであることに結びつかなくなっている。
へたに頭が回るだけに常識範囲外の事をされると思考が追い付かないらしい。
そして自信満々にこう結論付ける。
「あの男はそのサミュエルを圧倒したという者にやられたと考えるのが自然かと」
「なるほど、筋は通るな」
覆面の男が納得している様に確かに筋は通るのだが、その筋は全く見当違いの筋なのだ。
この筋を進んでも絶対に真実の道にたどり着かない筋に迷い込んでいく二人。
「しかし、そうなるとかなり厄介だな。そんな者があの女を護衛しているとなると簡単には殺せなくなるぞ」
「そうですな。しばらくは様子を見る方がよいでしょう。どの道、一度失敗しているのです。警護は厳しくなっていると考えてよいでしょう」
前提が間違っているので話せば話すほど、どんどん間違った方向へ向かっていくのだが警護がまともになったのだけは事実なので方向は間違っていてもまぐれ当たりはする事はあるらしい。
「もし、その男がこちらに寝返るようならかなりの戦力になるな」
「しかし、一度仕官したを寝返らせるのは難しいでしょうな。誰かに雇われる前にこちら側に引き入れておれば簡単だったのですが、惜しい事をしたものです」
すでに一度雇った自分たちからマーガレットに寝返られているのも知らずにそんな話をしている二人が今のランバートの現状を知ったら発狂するほど怒るかもしれないが、この二人がマーガレットの参謀官の正体を知る事はしばらくなさそうなのだった。
次回は 013 三番隊隊長 (ミラリオ) です。
火曜日更新予定です。