第1章: 孤独な研究者、タクミの死
タクミはその日も、大学の研究室に顔を出さなかった。昼間はパチンコで時間を潰し、夜は酒を飲みながら自室の古びたコンピュータで独自の理論を構築していた。それが彼の日常だった。
教授や同僚たちは、タクミの「意識の再構成」理論――仮称「SMAI(スマイ、Super Mind AI)」――に冷ややかな態度を取っていた。SMAIは、脳波を読み取り、それを量子コンピュータで解析することで、意識のデジタル再構成を行う。これにより、記憶や感情をそのままデジタルデータとして保存することが可能になる。タクミは、この技術が人類に新たな可能性をもたらすと信じていたが、キクチ教授たちは、今の技術では到底実現不可能として一笑に付し、タクミの夢を嘲笑った。そんな扱いにタクミは失望し、孤独と挫折を味わっていた。
タクミの脳裏に故郷が浮かぶ。幼い頃に両親を事故で失い、祖父母に育てられた。彼の家族は彼が成功することを望んでおり、その期待に応えたいという思いが彼を駆り立てていた。しかし、大学での冷たい扱いにより、その夢は次第に遠のいていくのだった。
ある曇り空の日、タクミは二日酔いでぼんやりとパチンコ店を出た。頭が痛む中、近くのコンビニへと向かう彼の足取りはふらついていた。赤信号に気づかず歩道を渡ったその瞬間、視界の端に大型トラックの影が見えた。ブレーキ音と共に、衝撃が彼の体を襲った。タクミの視界は暗転し、意識が遠のいていった。
「これで終わりか…」タクミの意識はぼんやりと広がり、無限の海に沈んでいった。その感覚は彼の理論の核心部分と一致していた。微細な光の粒が彼の周りを舞い、絶えず変化する波動のようにきらめく。
「…これが、量子コヒーレンスの海…」タクミは呟き、笑みを浮かべていた。量子コヒーレンスは、量子ビットが一致して振る舞う現象である。それによって意識が広がり、異なる次元にアクセスできる…一番知りたかったことが、今ここで理解できたのだ。彼の心に、満足感が広がった。
ご覧いただきありがとうございます。次回は、タクミが死後の世界で天使ルミエールと出会います。