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トリケラトプス対キラーマンティス1

 地上で地下世界のことをあれこれ考えてもらちが開かない。数日後、梨丸は魔界への追加調査を敢行した。かつての魔界最強種・フェリアスフェンリルの縄張りを調べてみるのだ。


 厩舎きゅうしゃでトリケラトプスをレンタルし、前回と同じく早朝に出発し、昼過ぎには河口湖に到着する。だが今回は北岸ではなく南岸だ。

 河口湖東部を南北に横断する『河口湖大橋』の南側一帯がフェンリルのねぐらだった。公園や駐車場、キャンプ場などがある一帯で特に目撃情報が多かったという。


 魔界富士は富士山周辺地域をそのままコピーアンドペーストしたような空間である。道路は舗装されていて歩きやすい。


「どこからモンスターが飛び出してくるかわからないから油断は厳禁ね」

 梨丸はトリケラトプスの左隣に並んで歩きながら、さらに左のリリに注意を促した。恐竜と並んで歩くときは立ち位置に気をつけなければならない。少年は巨獣の前足と後ろ足の中間地点あたりに立ち、分厚い皮膚ひふに触れながら歩いていた。


 トリケラトプスがふとしたきっかけで振り向いたときに、長い角や巨大なえりのような骨に当たってしまう恐れがあるからだ。

 頭部から生える長い2本角と、鼻先から生える短めの1本角——名前の由来である3本の角は非常に頼もしい。極太の首から繰り出される角の攻撃は、あらゆるモンスターを蹴散らしてくれるだろう。


 体重はメガロドンより軽い10トン超。二足歩行するティラノサウルスとは違い、四足歩行のどっしりした低重心なので安定感は抜群だ。梨丸が背伸びしてもトリケラトプスの背中までは手が届かない。


 リリはもうだいぶ慣れてきたのか、そこまでおどおどはしていない。

「でも河口湖の町中に入ったら、本当にモンスター見なくなったね」


「やっぱりモンスターも本能的に怖れてるんだろうね。ちょっと前までフェンリルの縄張りだったんだし」

 少年少女と1匹は車道の真ん中を歩いていた。10トン超のトリケラトプスが地響きを立てる。それに反応する生物は見当たらない。建物内に何者かが潜んでいるという可能性も捨てきれないので油断は禁物だ。


 河口湖の南東側は列車の終着駅があるせいか、特に観光地化されている。道路の左右にもホテルや旅館が多い。魔界では建物の外観だけが再現されているので、中はただの空洞なのだが。


 少女はワンピースの胸元をまみ、パタパタと服の中に空気を送り込んでいた。魔界は地下世界とはいえ気候などは地上と変わりなく再現されている。本栖湖から河口湖までずっと歩き通しだったので熱ももるのだろう。ワンピースといっても所詮は魔界仕様の作業着であり、生地も分厚く通気性も悪いのだ。

「それにしても本当に魔界って虫がいないんだね。だからこんなワンピなんて着られるんだけど」


「そうなんだよね。マダニとかヒルの対策しなくていいのは助かるよ。葉っぱで肌を切らなきゃ何を着てもいいんだし」

「お父さんが言ってたけど、土の中に微生物とかもいないんだよね?」


「今んとこ見たことないね」

「不思議だよね。ワタシは虫って苦手だけど、でも生態系には欠かせないものでしょう?」


「死んだ生き物は魔界の地面に飲み込まれちゃうから、いわゆる『分解者』がいらないんじゃないのかなあ」

「ああ、そっか」

 リリは歩きながら路上に目を落とす。


 魔界では生物が死んで一定時間経つと、地面に飲み込まれてしまう。足下が土だろうと岩だろうとアスファルトだろうと、まるで水が砂に染みこむかのように生物の死骸は吸収されてしまうのだ。どのような原理でそれが起こっているのかは解明されていない。


 少年少女は路上を南から北へ歩き、河口湖大橋の根元——湖の南岸にたどり着いた。

 ここまでの6時間超、目立ったモンスターとの遭遇はない。遠目では何匹か見かけたものの戦闘には至らなかった。普通のモンスターはトリケラトプスと戦いたいとは思わないのだ。


「さて、これからだよなあ……」

 梨丸は足を止め、空を見上げた。青空に浮かぶ白い雲、青々とした山の木々、水際に並ぶいくつもの建物、そして穏やかな湖面。その上をまっすぐ伸びる橋は北岸まで通じている。地上と全く変わらない景色だ。ここが全くの無人で車の1台も走っていないという部分をのぞけば。


「建物の中を調べるんだっけ?」

 リリが太ももを揉みほぐしながらいてきた。


「うん。あわよくば乙姫とフェンリルの戦闘跡地でも見つかればいいと思ってたけど、派手な破壊跡とか見当たらなかったし」

「乙姫も人間タイプなのかなあ……」


「どうだろ。フェンリルの鉄の毛を相手にやり合えるんだから、相当硬いやつなんだろうけど」

「なにか手がかりが見つかるといいね」


「見つからなきゃ困るよなあ……乙姫と直接バトルしたのはたぶんフェンリルだけだから、その身体の一部でも巣の中に持ち帰ってれば攻略のヒントになると思ったんだけど……」

「フェンリルの巣がどの建物かはわかってるの?」


「いや、わからん。目撃情報がバラバラだから、手当たり次第調べてみるしかない」

 梨丸はトリケラトプスの皮膚をポンポンと叩き、来た道を引き返す。道沿いにある建物内を調査するためだ。


 魔界という地下世界に再現された建物は、外見こそ地上のものと瓜二つだが内部はただの空洞である。まるで出来の悪い3Dプリンターで形成された製品のようなのだ。


 巨大モンスターにとって人間用の建物は小さいが、オオカミは意外と身体がしなやかである。ゴワゴワの剛毛がするりと建物の入り口を入っていく姿がたびたび目撃されていていた。


 モンスターにドアを開閉するという概念はないらしく、周囲には戸が開きっぱなしの建物が多い。

 少女は充分に距離をとりながら建物内をうかがう。看板を見るに、地上ではホテルとして営業中の店舗らしい。

「この開きっぱなしの、フェンリルが出入りしてた建物かな?」


「たぶんそうだね」

「じゃ、ちょっと見てくる」


「やっぱ俺が行った方がいいんじゃないかなあ……」

「それはダメ。いい?」

 リリは美しい眉をつり上げ、梨丸に指を突きつけてくる。

「——ワタシはあなたに多大な恩があるの。でもそれは全然返せてない。返せる額じゃない。だからこういう場面ではワタシが命を張るの」


「でもなあ……」

 少年としては少女の意思を尊重するつもりだった。しかし頭ではわかっていても、女子を危険な目に遭わせるのはどこか居心地が悪いのだ。


 そんな心配をよそに、リリ花野井はなのいは気高く勇敢だった。

「そうしないとワタシの気が済まないの。それにいざというときは、あなたが無事な方がふたりの生存確率も上がる」


「わかったよ。他のモンスターが潜んでるかもしれないから注意してね」

「ワタシだって田舎育ちだから身のこなしには自信があるし。ドアをくぐってモンスターとばったり遭遇しても、すぐ走って逃げられますから」

 引き締まった表情のまま、少女はズンズンと建物に近づいていく。


 こうして河口湖周辺の調査が始まった——はずが、それはすぐに中断された。


「リリ待った、戻って。なんかヤバい」

 梨丸はリリに駆け寄り、その小さな手を引いてからトリケラトプスの元まで戻る。


 ブウウウウウン……という羽音が聞こえてきたからだ。それは、魔界にはいないはずの、虫の飛ぶ音に近い。だが音からするとそれはとても巨体であろうことがうかがえた。

 しばらくしたら、数メートル先の路上に音の主が舞い降りる。


 木々の向こうから飛んできたのは巨大なカマキリだった。意思を感じさせぬ無機質な目が、地上からの来訪者を見据えている。


 やがてこちらを敵と認めたのか、カマキリは4本の細い足で身体を支え、上半身を屹立させ、両手の鋭い鎌を大きく持ち上げた。その高さは2階建ての建物を超える。トリケラトプスの背中を余裕で貫けるリーチの長さだ。


 少女は両肩を抱いて後ずさった。

「なにあれ……魔界に虫はいないんじゃないの……?」


「うん……自然の分解者としての虫はいないけど、モンスターとしての虫はいるみたいなんだよね、あのキラーマンティスみたいに。それにしてもデカいな……」

「信じられない……虫ってあの大きさまで成長できるものなの……?」


 梨丸は敵から目を離さないまま、リリの腕を引いて恐竜の側から距離をとった。


GOOOOWWW(ゴオオオオウウウ)……」

 戦闘の邪魔になってはいけない。トリケラトプスは低いうなり声を上げている。ただでさえ低い重心をさらに下げて力を溜めているようだ。恐竜はカマキリ相手の臨戦態勢に入っていた。

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