ティラノサウルス対ワイバーン
木々が鬱蒼と生い茂る富士の樹海も、巨獣によって切り開かれたら道ができる。魔界の帝王が遊び半分で木々を引き抜き、薙ぎ倒した跡地だといわれている通称ドラゴンズ大通り。
そこで2体の怪物が睨み合っていた。両者はどちらも『相手より強い』と思っているのか、獰猛なうなり声を発している。
現代に蘇った恐竜・ティラノサウルス。全長15メートル。
魔界に住まう幻想生物・ワイバーン。全長10メートル弱。
体格から見て、打撃力はティラノサウルスの方が上だ。しかし機動力は翼竜ともいわれるワイバーンが勝る。
魔界は地上の常識が通用しない。そんなモンスターに上空から襲われては地球最強のティラノサウルスでも危険だ。獲物を追い詰めても、空を飛んで逃げられてしまうかもしれない。
そこを補助するのが魔界探索士である巴梨丸の仕事である。少年は茂みの中に身を隠しながら、音がしないよう慎重に弓矢を構えた。鏃はサメの牙。矢の後端にはロープが結びつけられている。
茶色のティラノサウルスと、スカイブルーのワイバーン。双方の体表に筋肉が膨れ上がっている。もはや一触即発だ。
梨丸は矢を放つ。それは狙い通りワイバーンの翼の膜を貫通した。
翼竜は反射的に身をよじった。しかしロープが絡みついて簡単には外せない。モンスターのパワーをもってすれば、携行用のロープなど一瞬で引き千切られてしまうだろう。固定先の木すら引き倒されてしまうかもしれない。
だがそれでいい。完全に動きを止める必要はない。余計なことに力を使わせ、わずかばかりの時間稼ぎができればいいのだ。
飛び道具でモンスターの動きを鈍らせるまでが人間の仕事。あとは恐竜の仕事だ。
すぐにワイバーンがロープを噛み千切ったが、もう遅い。ティラノサウルスは獲物を捕食する寸前だった。
「GRRRRAA!」
10トン近い超重量が突進し、魔界の大地を激しく振動させる。そして凶悪な牙が翼竜の首を一撃で噛み砕いた。
冥土のみやげも思わせぶりな遺言も無い。恐竜の戦いはただ殺して終わりだ。
梨丸は周囲の安全を確認すると、茂みから出た。
「よし! よくやったネック!」
労りの気持ちを込めて恐竜の身体を撫でてやる。ティラノサウルスは仕留めたばかりの獲物を食べていた。その名の由来である好物の首肉を。
獲物が完全な形であればあるほど高値で売れるが、功労者に文句は言えない。この鮮やかなスカイブルーのワイバーンを売れば当分は食うに困らないだろう。
しかし高収入な魔界探索士とはいえ無駄な贅沢は厳禁だ。なにしろ恐竜は高級スポーツカーよりも競走馬のサラブレッドよりも維持費がかかるのだから。