◇3
誤字報告をありがとうございます!
読者様にご指摘頂いたので、シルフィアの身分と言うか家族問題についてちょっと加筆しました。
私が初めてシルフィア嬢を見たのは、兄上が婚約者と初めて会う事を愚痴っていたので、そんなに酷い令嬢なのかとこっそり覗き見をした時。
その令嬢は、乱暴に使い古された等身大の人形のように、髪も肌もあまり綺麗ではなく、ドレスだけは整えられていたけれど色は紺色だったし、とても婚約者の王子と初対面する雰囲気ではなかった。
それでも色々整えれば元の綺麗さを取り戻すだろうと思える、整った容姿をしていた。
そんな令嬢に兄上が乱暴な言葉を投げ掛けると、令嬢は一言も喋る事なく去って行ってしまった。
ポカンとする兄上。
私は隠れていた繁みから出て兄上に声をかけてみた。
「兄上、良いんですか?父上と母上が決められた婚約なのでしょう?仲良くしなくてはいけないのでは?」
「う、うるさい!あいつは妹をいじめる嫌な女なんだ!調子に乗ってるのを少し懲らしめるくらい構わないだろ!今日の事は誰にも言うなよ!」
「そんな令嬢には見えなかったけどな~?」
「お前は何も知らないからそう言うんだ!」
「兄上は彼女の何を知っているんですか?」
「あの女の事など知らん!だけどその周りの事は知ってるんだ!」
「周りの事って?今日が初対面でしょう?なぜ彼女の事は知らなくて、彼女の周りの事は知ってるんですか?」
「それは、別にいいだろ!兎に角あいつは悪者だ!だから今日の事は誰にも言うなよ!」
兄上の言ってる事は全然理解出来なかったけど、誰かに告げ口すれば後が五月蝿そうだったので黙っている事にした。
その後、王太子妃教育の為に城に通う彼女を度々見かけたけれど、兄上が一緒だったり声を掛けている様子は全くなかった。
正式に決められた婚約者なのに本当に良いんだろうかと疑問に思ったけど、自分に出来ることなどないのでただ傍観してた。
週に1度、母上とお茶をする時間がある。
王妃として忙しい母上が、息子である私達と交流出来る極僅かな機会。
母上は、公爵家の令嬢だっただけあって、威厳と言うか威圧感と言うか、どこか厳しい雰囲気のある人で、勿論母親としてはとても優しい人なのだけど、教育や礼儀に関してはとても厳しい人だった。
お茶の時間は私達の日頃の話を聞いてくれる時間で、日頃の学習の進み具合、側近達とどの様に遊んだか、等の話を楽しそうに聞いて下さる。
そして最近の話題は兄上と婚約者の話が主題になることが多い。
王太子妃教育は順調だと母上にも報告が上がっていて、婚約者本人はどうか?との質問に、兄上はこんな事をして遊んだとかこんな物を贈ったら喜んだとかの話をしている。
その話に凄く違和感を感じて、私は何とも言えない気持ちになった。
兄上はいったい誰との話をしているのだろう?
兄上が先に席を立った後に、母上に呼び止められて、
「ディファーノ、貴方何か言いたい事でもあるの?さっきからとても不思議そうな顔ばかりしているけれど?」
「いえ、兄上は婚約者の令嬢と上手く行ってるのだな、と思っただけです」
「貴方はシルフィア嬢と会った事があるの?」
「王太子妃教育の行き帰りにたまにお見かけする程度です」
「話した事はないのね?」
「はい、兄上に紹介もされてませんから」
「そうねアイクから紹介も無く親しくするものでもないわね」
その場の話は終わりまた遠くから彼女を見掛けても特に話し掛けたりはしなかった。
母上から聞いた話では、彼女は大変優秀らしく、学園入学前には王太子妃教育が終了してしまったそうだ。
まあ王太子妃教育は一般的なマナーや歴史政治経済よりは専門的で広範囲ってだけだから、私達と同じレベルの教育なのだろう。
結婚後に行われる王妃教育の方が何倍も厳しく過酷だと母上も仰っていたし。
私と兄上は同じ学年である。
兄上は4月生まれ、私が3月生まれの同学年。だから学園でたまに彼女を見掛ける事もある。
彼女は大人しく友人達と穏やかに微笑み合ってお喋りしたり1人本を読んでたり、騒がしくしている所など見たこともない。
それに比べて、兄上は何時だって周りを人に囲まれて、常に一緒にいる令嬢まで居て。
その令嬢がまさか婚約者であるシルフィア嬢の実の妹とは思いもしなかったけど。
シルフィア嬢はプラチナブロンドに蒼い目、妹のミュート嬢は赤味の強いストロベリーブロンドに茶色の目。性格も正反対のように見えるし、似たところの全く無い姉妹だった。
第2王子と言う立場は、本当に面倒と言うか損な役回りで、王太子に何事か有った場合に代行したり次の王太子になったり、その為にも王太子と同じ教育を受けさせられるし、権力争いが起きないように決して王太子より目立つような事をしてはいけないし。
だけど、王太子が見るからに馬鹿な行いをしていたら、それはどう対処するのが正解なんだろう?
父上に相談してみたら、若い時期特有の麻疹みたいなものだから、お前にも直に分かるぞ!とか笑いながら言われた。
父上は悪い人ではないし、王としての能力も特に問題ない。
ただ、物事を楽観的に考えすぎると言うか、問題が起こった時にそれが更なる問題に繋がる可能性をあまり考えなかったりで、母上や宰相にはたまに物凄く怒られていたりする。
今回の件も楽観的に考えているようで、相談相手を間違った事に気付いた。
しかし曖昧な見た目だけの予想をお忙しい母上や宰相に相談するわけにもいかないので、側近にも協力してもらい、シルフィア嬢とミュート嬢の素行調査、学園での評判、そしてテレスティ家の家の事情を探ってみた。
学園での行動調査はすぐに調査結果が出て、ミュート嬢は姉であるシルフィア嬢に日々酷い嫌がらせや虐めを受けていると嘆いているらしい。
兄上はそれを信じ込んでいて、ミュート嬢を保護する意味でも常に側に居て共に行動しているとのこと。
その調査結果を見て呆れたのは言うまでもない。
どう考えても婚約者を諌める事もせず、その妹と常に行動を共にするなどおかしな話で、兄上は度々皆の見ている前でもミュート嬢にプレゼントまで贈っているらしい。
そしてシルフィア嬢は毎日決められたかの様に授業と図書館に通う以外の行動は取っていない。
ちょっと調べただけで、ミュート嬢がシルフィア嬢に虐められている様子など全く無いことが分かる。
しかも調査の結果、シルフィア嬢とミュート嬢は帰る家が別々との事。これはいったいどう言う事だ?
家での行動までは分からないけど、人柄的にも物理的にも有り得ないように見える。
そして何より重要な事は、シルフィア嬢の魔力が尋常でない程多い事。
魔法と花の国と呼ばれる我が国は、元々魔力の多い者が多く、他国に比べると魔法の威力も大きく強いらしい。
そしてその強力な魔法の象徴とされるのが、国を覆う結界。
日々教会を訪れる人々が、入り口に設置された水晶の魔道具に魔力を流す事で保たれている結界。
邪悪な魔物などはこの結界に弾かれて国内には足を踏み入れられないと言うもの。
他国からしてみれば、喉から手が出る程欲しい物だろう。
だが不思議なことに、魔道具の水晶を盗んで他国に設置しても結界は発動しないらしい。
盗まれたのは何世代も前の話なので本当かは分からないが、その後盗まれたと言う話は聞かない。
勿論教会の神父達も、貴族家の者も定期的に魔力を込めにいくのが習慣となっている。
噂では強力な魔力を持つ者は教会の奥に設置された特別な魔道具に魔力を込めるのだとか。
シルフィア嬢を調査していた側近は、月に1度教会に通い奥の部屋に通されるシルフィア嬢を何度も目撃している。
そしてそれとなく側近が聞き込んだところ、シルフィア嬢が教会に通い出した時期と、国外から流れてきた凶悪な盗賊団が結界に弾かれ気絶しているところを隣国が捕縛し処刑したと言う話の時期が合う事を発見。
もし、シルフィア嬢が魔力を込めた事で、結界が強化されたのだとしたら、この国にとってシルフィア嬢は最重要人物となる。
下手したら我々王族よりも、父上よりも重要な人物に。
調べてくれた側近は酷く震えてこの事実を報告してきたが、呉々も他言無用を言い聞かせた。
さてこの調査結果を持って母上か宰相に相談をしてみようかと思っていた矢先、隣国で何やら問題が起こったらしく、その問題に対処するために母上が隣国へ向かってしまった。
宰相もこの国で出来る対応を練っているらしく、とても相談出来る雰囲気ではなくなってしまった。
仕方無く調査を継続して、母上が帰国してから相談しようと決めた。
元々密かに囁かれていたシルフィア嬢の噂が、高等部に進学してからは一気に広まった。
勿論、噂の出所は兄上とミュート嬢。
悲劇のヒロインを気取っているのか、声高に自分の境遇を嘆くミュート嬢とそれを慰める兄上は、悪の姉に邪魔されて、結ばれたくても結ばれない悲劇の恋人同士として学園では知らぬ者はいない程有名になった。
シルフィア嬢に直接嫌味を言う者まで現れる始末。
万が一噂が事実だとしても、身分が上の侯爵家の令嬢に面と向かって文句を言うなど、正気の沙汰とは思えない。
兄上には真相を確りと確めるように何度も忠告をしたのだが、まるで聞く耳を持たなかった。
調査結果の書類を見せても、逆に陰謀を疑われ殴られる始末。
もうこの人は駄目だと酷く落胆した。
ある種異様な盛り上がり方をする学園内の雰囲気。
若く幼い分影響を受けやすい学生達、これはかなり不味い方向に向かっているのを感じて、一刻も早く母上の帰りを!と願っていた矢先、母上が帰国して、話を聞いてもらうために時間を取ってもらえるよう伺いを出して待機していた時。
私が話すより早く、母上が行動を起こされた。
私では力及ばず調査し切れなかったシルフィア嬢の家庭の事情まで調べあげた母上は、シルフィア嬢本人を呼び出し、事情を聞いて、その1ヶ月後にはテレスティ侯爵一家と兄上、父上も呼び出し、全ての罪を明らかにしたそうだ。
そして父上に厳しい処罰を与えるようにおど、いや願って、シルフィア嬢を連れて先に部屋に戻ったのだとか。
そんな会議が有ったとは知らされていなかった私は、気絶したシルフィア嬢を離宮に運ぶ場面を偶然目撃して、慌てて今までの調査結果の書類を持って母上の所に向かい、シルフィア嬢の無実を訴えた。
「あら、ディファーノは噂に惑わされず、ちゃんと真実を見極めようとしたのね。良かった、簡単に騙される愚かな息子ばかりではなくて」
そう言って母上は暗部を使って調べさせた報告書を見せてくれた。
想像以上に過酷な状況に置かれていたシルフィア嬢、それでも不平不満を洩らすことも無く、兄上達の言葉を受けて平民になる準備までしていたとは!驚きすぎて言葉も出ない。
「ねぇ、ディファーノ、シルフィアさんはこのように過酷な環境で育ったにも関わらず、自ら学び、己の力にも傲ること無く国のために尽くしてくれる素晴らしい女性だと思わない?」
「え、ええ。そう思います」
「彼女は間違っても他国には渡せないの、分かるでしょう?」
その言葉で母上もシルフィア嬢の重要性をご存知なのだと知った。
「はい」
「わたくしね、シルフィアさんには今度こそシルフィアさん自身を幸せにしてくれる男性を紹介したいのよ。勿論シルフィアさんには選ぶ権利が有るわ、無理強いはしたくないものね。それで貴方はどうする?」
「………………是非シルフィア嬢の相手候補になりたいですね!私はシルフィア嬢の作られていない心からの笑顔を見てみたいですから!」
「ふふふ、暫くはシルフィアさんを心身共に休ませるけれど、その後にお茶会を開くわ。貴方も参加なさい?」
「はい。ありがとうございます!」
取り敢えず母上のお眼鏡には適ったようで、シルフィア嬢の婚約者候補にはなれた。
母上はシルフィア嬢の、この国に於ける重要性も十分に考慮して婚約者候補を厳選するだろうから、そううかうかもしていられない。
母上の報告書を読んだだけで分かる。
家族から愛される事もなく、虐待までされていたにも関わらず、不遇を嘆く事もなく、令嬢達から見本とされるような完璧なマナーや教養を身に付けるのは並大抵の努力ではなかっただろう。
王妃として平等と博愛を常とする母上が、シルフィア嬢とは呼ばず、シルフィアさんと呼んでいた事からも、母上が魔力の事を抜きにしても、シルフィア嬢に最大の敬意と親しみを持っている事が分かる。
兄上に甘い父上がどの様な処罰を与えるかは分からないが、兄上が王太子で居続ける事は不可能だろう。
そうなれば必然的に次の王太子は私となる。
その時に隣に居て欲しい妃はシルフィア嬢の様に勤勉で冷静に物事を考えられる人が良い。
魔力の事を抜きにしても、類い稀な才女である事は間違いないのだから。
まあ、一番の理由は容姿が好みだと言うのも大きいけど。
兄上の婚約者を覗き見た時も、兄上が乱暴な言葉を投げ掛けた時も、勿体無い!と思った。
人形に見えた令嬢は、大事にしてあげればとても綺麗になるのに!と幼心にとても残念に思ったのを覚えている。
学園内で見掛けた時も、何時だって見本のような微笑みを浮かべるだけで、友人と話していても心からと思われる笑顔は見た事がない。
調査するなかで、いつか心からの笑顔を自分だけに向けてくれないだろうかと妄想するようにまでなった。
そして未だ知り合ってもいない事に落ち込んだりもした。
母上は自分にも他人にも厳しい方だ。
上手く行って婚約者になれたとしても、兄上の様に邪険に扱うような事があれば、即婚約は破棄されるだろう。そもそも婚約をさせてももらえないだろう。
機会を与えられたのだから、シルフィア嬢から心からの笑顔を見せて貰えるように、一層の努力をしようと心に誓った。
兄上やテレスティ侯爵家の罪状が決定した後の事。
週に1度のお茶会で、妙に母上が上機嫌に見えて、理由を聞いてみたら、
「ふふ、ふふふふふ!わたくしもね、魔物では無いので少しやり過ぎたかと心配をしていたのよ、今回の事は、結果としてシルフィアさんから家族を取り上げる事にもなってしまうでしょう?だからシルフィアさんが望むのなら減刑の嘆願を出そうかとも思っていたのだけど、ふふふふ、シルフィアさんたら、元家族を一刀両断したのよ!あの元家族達は、自分達がシルフィアさんにどれだけ甘え、酷い仕打ちをしてきたかの自覚もなく、その上自分達はシルフィアさんに愛されていると勘違いをしていたのね?それをシルフィアさんたら!淡々と何も感じていないように家族愛など無いと切って捨ててしまったの!本当はね、そんな事を言うシルフィアさんをとても哀れに思わないといけないのだけど、そう言われたテレスティ家の方々のあの!間の抜けた顔を見てしまったら!うふふふふふふふ、ふふふふ!もう!シルフィアさんの手前笑いを堪えるのが大変だったわ!ふふ、ふふふふふふふ!」
かつて見たことも無い程母上が爆笑なさっている。
扇で口許を隠してはいるけど、これは爆笑と言っても過言では無いだろう。
シルフィア嬢が実際には何と言ったのかは知らないが、ここまで母上を爆笑させるとは相当な事を言ったのかもしれない。
シルフィア嬢とはまた別種の、常に鉄壁の微笑みを浮かべる事の多い母上が、腹を押さえる程笑っておられる。
そんな母上を見ていると、よりシルフィア嬢に興味が湧くのは仕方ない事だと思う。
まだ療養中のシルフィア嬢とは、正式に出会ってもいないのに、既に私はシルフィア嬢に夢中のようだ。
兄上はその後深く深く反省され、私財のほぼ全てを売り払って国庫ヘ返納され、公務の報酬もシルフィア嬢への慰謝料へと差し出され、王族とは思えぬ程質素な出で立ちで、針の筵だろう学園に通い続けている。
私にも深く頭を下げながら謝ってくれた。
「あの時、お前の忠告を聞いていれば結果は変わったのかもしれないが、私は虐められていると訴えるミュートを守れるのは自分しかいないのだと、自分に酔っていたのだろう。何度も侯爵家の別邸に通っていたのに、シルフィア嬢がそこに居ない事を疑問にも思わなかった。本当に愚かな事をした。すまなかった」
「いえ、兄上は幼馴染みとその家族を信じていたのでしょう?だからこそ騙された。母上が仰っておられましたが、テレスティ侯爵一家は悪意無く嘘を吐く人種なのでしょう、自分達が非道な行いをしている事から目を背け、相手を悪と思い込む事で自分達を正当化しようとしていたのかもしれません。流石の兄上でも幼い頃からの悪意の無い嘘など見抜く事は出来なかったでしょう」
兄上はもう一度後悔の滲む声で謝り、涙を流していたが、それは見ない振りをした。
兄上を慕って、と言うよりその地位に惹かれて集まっていた生徒達は潮が引くように居なくなった。
それでも兄上は、今まで付き合いの無かった生徒達に積極的に声を掛けられ、交流を持とうと色々な話を聞こうと努力されている。
その中でシルフィア嬢とも話す機会が出来、その度に酷く落ち込んでおられる。
元々兄上は真面目で正義感の強い人だった。テレスティ侯爵家一家総出で良いように騙され、それを盲目的に信じてしまったせいで、今回のような失態に繋がってしまったのだが、元々の頭は悪くない。真実を知り、反省すれば、その本来の人柄に惹かれた友人を作る事も難しくないだろう。
シルフィア嬢は、噂が真実ではなく、妹と元家族が断罪された事で、噂に踊らされシルフィア嬢に酷い言葉を投げつけたり文句を言ったりしていた人々に謝罪され、それをあっさりと許した事で、人気が一気に爆発するように高まった。
それでもシルフィア嬢の微笑みは見本のように崩れることは無かったけれど。
その後私も、母上にお茶会に招待され、正式にシルフィア嬢に紹介されて無事知り合いとなり、見掛ける度に軽く雑談が出来る仲になった。
新たに王太子となった私の周りにも、その地位を目当てに集まろうとする者は多く居たけれど、それまでに培ってきた信頼出来る側近や友人達が上手に牽制してくれたお陰で、大した波風もなく穏やかにシルフィア嬢との交流を楽しめた。
その時点では、まだまだ候補者が多く居る中の1人に過ぎない事が悔しくもあったけれど。
実は諸悪の根元であった父上は、母上と宰相からそれはもう厳しく叱責され説教され、行動の逐一を監視される事になり、自慢の私物を売り払われ、休み無く働かされている。
見る度に窶れていっているが、事情を聞けば自業自得としか思えないので、すがるような目を向けられても苦笑しか返せない。
それと大した問題ではないが、シルフィア嬢の元家族。
母上に言われるまでもなく没落した後の事も確りと調べ、シルフィア嬢に害を為さないように見張りはつけていた。
娼婦になった妹は、毎週のように、自分を助けろ!姉のくせに妹を助けないのは間違っている!人でなし!お前のせいだ!等と言う内容の手紙を送ってきていたが、当然シルフィア嬢に見せる前に燃やしたし、娼館に手を回して娼館でもよりランクの低い最下層の娼館に送るよう仕向けた。
そして両親。
最初の罰で子爵に落とされ、その時点で反省しおとなしくしていれば、まだ貴族として生きていける道もあっただろうに、何か家族に幻想を抱いているのか娼婦になった妹を助けるために借金を重ね、身請けしようとした。
犯罪奴隷として娼婦に落とされた妹が、そう簡単に身請け出来る筈もなく、実際そう説明を受けて、何を思ったかシルフィア嬢に会って妹を助けるように説得しようとしてきた。
当然会わせる気は微塵もなく、何度も手紙を送ってもきたがそれも燃やして、一向に会えず返信も無い事で業を煮やした元両親は、使用人共々妹を助ける為に娼館を襲撃したらしい。
シルフィア嬢には平民に落とされたと言ったが、実は借金奴隷として使用人もあわせて国外に売り払った。
どこまでもシルフィア嬢を蔑ろにする元家族には腹が立ったが、私以上に母上が憤っておられたので、平静を取り戻せた。
母上曰く、
「あの一家はどれだけ娘に甘えようとするのかしら、自分達が全く与えなかったものを、相手から当然のように受け取ろうとするなんて!どこまで図々しくて恥知らずで愚かなのかしら!」
母上は我が事のようにお怒りになり、以前父上から贈られたと言う、豪華なだけで趣味の悪い扇子を3本もへし折っていらした。
まあでも、今後は元妹も元両親も2度とシルフィア嬢に手出しは出来ないだろう。
全ての問題が片付いて、後は私が全力でシルフィア嬢を口説き落とすだけ!と思ったら、複数の貴族から待ったの声が。
問題になったのはシルフィア嬢の身分。
没落し平民になった両親、犯罪奴隷となった妹。そんな家族の居る者を王太子妃には出来ないと反発の声が多く上がり、母上と2人頭を悩ませた。
シルフィア嬢は未だ成人していないので爵位を与えるわけにもいかないし、他の貴族家に養子に出すにも高位貴族家にはそれなりの年齢の令嬢が居たりで揉めそうだし、と悩んでいたら、思わぬ所から解決策を提案された。
教会には聖人という制度があり、国に多大な貢献をした者を男なら聖人女なら聖女として教会の代表の座を与える制度で、シルフィア嬢を聖女として任命したいとの打診。
私と母上はこれ幸いとその制度に飛び付いて、それなりの金額は寄付したが無事シルフィア嬢の身分問題も解決した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「とうしゃま~~!」
本日の公務を終えて子供部屋に顔を出すと、いち早く気付いた長男が駆け寄ってきて抱っこをせがむ。
笑顔で抱き上げそのまろい頬にキスをすれば、キャーーッと可愛らしく叫ばれた。
そして妻の腕の中からこちらにその小さな手を伸ばす赤ん坊。
長女の頬にもキスを。キャッキャとはしゃぐ可愛い我が子。その子を抱く妻の頬にもキスを1つ。
結婚をして5年にもなるのに、いまだにキス1つで頬をうっすらと染める妻が可愛くて仕方ない。
ほんのりと頬を染めて嬉しそうに笑う顔ももうだいぶ見慣れてきた。
それはずっと見たかった心からの笑顔で、その微笑みを向けられるのは私と子供達だけ。
婚約に至るまでの付き合いでは、彼女を笑わせたくて道化を演じるなどの空回りもしたし、婚約が成立した後になって急に家族とは何かを考え、それを知らない事に落ち込んで、自分に家族を持つのは無理だ!と訴えだして修道院へ向かおうとしたのには本当に肝が冷えた。何とか説得して結婚式を挙げた時には、不覚にも私の方が泣いてしまった。
その後妊娠を経験して、出産して、初めて我が子を抱いた妻は静かに涙を流し、
「ああ、あなた、これが愛しいと言う気持ちなのですね?」
涙の残る目を細めて、大事そうに我が子を抱く妻は、とてつもなく美しかった!もう神々しいまでに美しかった!
だがしかし、少しだけ悔しかったのは墓まで持っていく秘密だ。
もし叶うならば、子供よりも早くその言葉を私が!言わせたかった!
1歩外へ出れば、母上に似た鉄壁の微笑みを装備して、隙の無い完璧な王太子妃として振る舞うのに、この王太子家族専用の宮で見せる微笑みは、どこか気の抜けたホワホワと柔らかい微笑み。
何年経ってもこの微笑みを見ると心から愛しい気持ちが湧いてくる。
初めて控えめに向けられた、この微笑みを見た時の感動は忘れられない。
母上を尊敬している妻は、外ではあらゆる事を冷静に見極め、時には非情な決断も下し、罪には厳罰を、人々には公平を常として毅然とした姿を保っている。
それが時に寂しく感じる程。
でもそれは仕方がない、妻はいずれ王妃になるのだから。
母上のように強く正しく強かな国を思う王妃に。




