第8話 炎天下の進軍
zzz………
………
部屋をノックする音が聞こえる。
「お兄ちゃん、起きてるー?」
「寝てる」
「もう10時だよ」
「マジか」
俺は寝たがる体を起こして部屋の外に出る。
「今日はさ、お兄ちゃんにお使い行ってきてほしいの」
「どうせ今日も暇だから行くよ。何買えばいいんだ?」
愛菜がポケットからスマホを取り出し、俺に画像を見せる。
「このお店のプリン!固めプリンですごく美味しいらしいんだよね」
「場所はどこなんだ?」
「それがちょっと遠くて……ここなんだけど」
「まー行けばなんとかなるでしょ」
「お願いね!」
身支度を済ませ、愛菜がプリントアウトした地図を受け取り、いざ暑い外へと繰り出した。
昨日のバス停のところまで歩いて、バス停を見た。
しかし路線図は色あせ、どの路線がどこに行くのか全くわからなかった。
仕方ない。歩こう。
ひたすら歩く。
昨日より暑い。
まだ着かないのか。
喉が渇いた。
水筒を飲もうとしたらほとんど入ってなかった。
いやーきついっす。
……
……
…………ぶ?」
「大丈夫?」
目の前に知らない女性がいた。
その女性は俺の事を心配しているようだった。
「あの……」
「大丈夫?今日の日付わかる?」
「えーっと、7月27日」
「よかった!意識は大丈夫そうね。
とりあえずお水飲む?」
顔の前にペットボトルが降ってきた。
どうやら俺は寝転がっているらしい。
ゆっくり起き上がると、ここは車の中だった。
後部座席を倒して広くなったトランクに横になっていたらしい。
隣には大学生くらいの茶髪ワンレングスの女性が座っていた。
その女性からペットボトルを貰うと、それを一気にごくごくと本能のままに飲んでしまった。
「よかったわー。もし涼しい場所に移動して目覚めなかったら救急車呼ぼうとしてたのよ」
「あなたが助けてくれたんですか?」
「そうよ。あなたが歩道で倒れてたのを見て、つい体が動いちゃったの。
良くなるまで車内でゆっくりしていくといいわ。
でもこんな暑い日に徒歩だなんて、どこへ行こうとしてたの?」
俺は愛菜から貰った地図を女性に見せる。
「ちょっと距離があるわね……せっかくだし車で送ってあげるわよ」
「いいんですか!?」
「いいのよ。また倒れられたら大変だもの」
「では、お言葉に甘えて」
俺は後部座席から助手席に移動して、女性は車を発進させた。
「突然だけどさ、権利収入って知ってる?」
なぜいきなりそんな話題を?
「えっと、CDが売れたりしたらアーティストに入るお金みたいなやつですよね」
「そう!普通の労働は大変な労働をしなきゃお金が手に入らないけど、権利収入を極めれば一生安泰なお金が毎月振り込まれるのよ。
その権利収入を誰でも得る方法があるのよ。
これ上京してサークルの先輩に教えて貰って初めて知ったんだけど、東京ではみんなやってる常識らしいの。ここであったのも天の巡り合わせ。あなたに教えちゃうわ。
まず絶体毛狩斗先生のオンラインサロンに入会するの。そこで行われる様々なセミナーに参加して、権利収入を得る勉強をしていくのよ。狩斗先生のサロンではサロンを勧めた相手がサロンに入会した時勧めた人ににインセンティブが与えられるからそれもかなり収入として嬉しいわね。セミナーで一番勉強になったのはガンモドキ水のサプリメントの…………」
「へ、へえ〜………」
やばい。怪しい金儲けの話になった。
なるほどな。勧誘のために俺を助けたのか。
しかし車はもう発進してしまっている。
適当に頷いてかわすしかない。
「狩斗先生は無農薬野菜の販売もやっているのよ。君の家は自然派野菜使ってるかしら?」
「さ、さあ……?」
「もし普通の野菜食べてるなら今すぐ家の人に言って買うのやめたほうがいいわよ。農薬は体内に蓄積されてガンや自閉症を引き起こすんだから!」
めんどくさいから窓の外の景色を見る。
もうそろそろ着くころだろうと思った時、道の向こうに看板が見えた。
「あの看板のとこです!」
車が駐車場に止まったら、「ありがとうございます」とだけ言い残して即座に店の中に入った。
世の中には恐ろしい人がいるもんだ。
とりあえずプリンを2人分買った。
さて、帰りはどうしようか。暑さは強さを増すばかり。
「買い物終わったのね。帰りも送ってあげるわよ」
暑さで倒れるリスクとマルチ商法に勧誘されるリスク。強い意志があれば身を守れるのは後者だ。
「ありがとうございます。11号線のレディまで送っていただけるとありがたいです」
そこからは、地獄の耐久ゲーが始まった。
タイミングに合わせて「はい」「そうなんですね」「知りませんでした」を言うゲーム。
そのゲームが10分くらい続いたのち、知っている場所に車が止まった。
「今日は助けてくれて本当にありがとうございました」
「待って!せっかくだからLINE交換しましょ」
「俺スマホ持ってないんで!あざした!」
俺は車を降りて逃げるように家に帰った。
「ってことがあったんだ」
「マルチ商法の勧誘って本当にあるんだー」
愛菜が解凍してくれた冷凍のグラタンを食べながら、2人でさっきのことを笑いながら話し合う。
さっきに比べるとすごく平和な空間だ。この妹が俺の記憶を消したことを除けば。
「マルチ商法で人間関係が崩壊したみたいな話あるけどさ、あの女を見たら人間関係が崩壊するのも納得だ。初対面の人間にまで布教するような奴だ。知人にいたらかなりきついだろうな」
「ほんそれ」
愛菜が俺より先にグラタンを食べ終わった。そして買ってきたプリンを食べる。
「おいし~い!お兄ちゃん買ってきてくれてありがとう!」




