第5話 バスに乗ろう
朝9時。目が覚めた。
眠い目をこすりながらリビングに行く。
「おはよう」
「お兄ちゃんおはよう。朝ご飯出来てるよ」
机の上を見ると、卵かけご飯とサラダが置いてあった。
俺の分しか置いてないのを見るに、愛菜はもう食べ終わったんだろう。
「いただきます」
「お兄ちゃん、わたし今日一日中部屋でゲームやるから荷物来たら受け取っといて」
「りょーかい」
「昼夜はご飯は作らないから1人で作って食べて。カップラーメンならキッチンの戸棚の下に沢山あるから。
それと、お兄ちゃん着替えはそこのタンスにあるからね」
そういえば俺は今パジャマだった。食べ終わったら着替えよう。
「あと洗い物お願いね」
そう言って愛菜が立ち去ろうとしたので、俺は止めた。
「待て愛菜、聞きたいことがある」
「何?」
「この家に漫画とかゲームとか、何でもいいから娯楽はないか?」
「紙の本はないし、ゲームはわたしのしかない!じゃあ後よろしく!」
愛菜は急いでリビングを出る。直後に階段を駆け上がる音が鳴り響いた。
記憶喪失の俺が楽しめそうな娯楽はなしか。なんでもスマホで済ます世の中はこういう時不便だな。
図書館とか行きたいけど、スマホがないと場所を調べられない。
地元の人に聞こうにも道とかの名称が分からないから迷わずたどり着けるとは思えない。昨日の沙枝の説明全然分からなかったし……
そういえば沙枝が昨日、また来るといっていたけど、いつ来るんだろう?
とりあえず俺は朝食と洗い物と着替えと洗顔を済ませ、テレビをつける。
『いま奥渋谷で話題のガンモドキ水!
ガンモドキ水には皮下菌と精菌が多量に含まれているため、一日一口飲むだけでこんなに若返るんです!』
金ばかりあって判断力のない中高年をターゲットにした通販番組。
つまらないから、俺でも楽しめる番組はないかなと番組表を眺めている時、玄関からピンポンの音がした。そういえば愛菜に荷物受け取れって言われてたな。
玄関の扉を開けると、そこには沙枝がいた。
「おはよう。正樹くん」
ベージュのブラウスに白いロングスカート。そして昨日と変わらぬ麦わら帽子と膝近くまである長い黒髪。
「私、あれから気になって、正樹くんの手がかりになりそうなものいろいろ調べてきたんよ。今日暇?」
「ものすごく暇。
あっそうだ、沙枝って図書館の場所知ってる?やる事が無さすぎて本を借りたくってさ」
「知っとるよ。ほんなら図書館向かいもて手がかり探そうわい」
ジリジリと照りつける日差しの中、住宅街の細い道を歩く。
僅かな日陰は水路が占有しているから俺達は日向を歩かなければならない。
暑さで熱を持った沙枝のスマホに、バス停の時刻表が表示される。
「バスあと7分やね。ええ時間じゃ」
「この暑さで7分か……」
「バス停は屋根があるけん、ここよりはマシじゃよ」
しばらく歩くとこの前通った車の多い道、11号線に出た。
左に曲がるとバス停があった。
バス停の時刻表を見ると、本数は1時間に1本。偶然丁度いい時間のバスがあってよかったと思った。
バスが来た。バスはオーバーランして、バスの後ろの出口がバス停の前に来るように止まった。
俺はバスの前の入口に行こうとしたが、沙枝に「どこ行くん」と呼び止められた。
どうやらこのバスは後ろから乗る仕組みらしい。
沙枝が右手にある発券機から出ている紙をひょいと引き抜く。俺も見よう見まねで引き抜く。
沙枝はバス一番奥の窓側の席に行きかばんを置いて、背中の長い髪を前に流し、踏まないよう片手で髪を持ちながら座席に腰掛ける。
俺もその隣に座る。
「正樹くん、バスの乗り方分からんのん?」
「みたいだな。
前から入ってカードピッ以外のやり方を知らない」
「そこから居住地絞り込めるやろか」
沙枝はスマホを取り出して調べ始める。
「東京周辺と名古屋は前乗りでそれ以外は後ろ乗り……2択まで絞り込めたなぁ」
「俺の行動からそこまで分かるとは」
「他にも特定の助けになりそうなものはいろいろあるんよ」
沙枝はかばんの中から何かを取り出す。
包装を剥がすと、今川焼きが出てきた。
「なんで今川焼きを?」
「へえ〜大判焼きのこと今川焼き言うんや」
沙枝は片手に持ったスマホで何かを検索し始める。
「えーっと今川焼きの地域は……関東やね」
「地域によって違うんだな呼び方。つまり俺は関東の人ってことか」
「みたいやね」
沙枝はスマホをしまった後、さっき開封した今川焼きを俺に渡してきた。
「バスの中で食べていいのか?」
「他に誰ちゃ客おらんし良かろ」
一口食べると、口の中に和菓子特有のあんこの美味しさが広がった。
バスは新居浜駅と市役所に寄り、客2人を乗せて、商店街みたいな場所を通る。
『次は別子図書館前〜』
「ここで降りればいいんだよな?」
「うん」
降車ボタンを押す。
しばらく経つとバスはバス停に止まり、俺達は席を立ちバスの前の方に向かう。
「乗る時に取った、数字の書かれた紙あるやろ?
バスの一番前にある運賃表からその数字を探して、そこに表示された運賃を払うんよ」
俺はポケットから1000円札を取り出して、紙幣投入口と思われる場所に1000円札を入れた。
するとすぐに小銭がジャラジャラと出てきた。
その小銭をポケットに入れ、下車しようとすると突然沙枝に腕を掴まれた。
「ちょっと!運賃払わんかい!」
「今払ったじゃん」
「あれは両替機やけん。両替機で細かくしたお金を左の投入口に入れるんじゃ」
めんどくさいな、と思いながらポケットから沢山の小銭を取り出し、必要な小銭をつまんで投入口に入れ、下車をした。
後ろにいた沙枝はいつの間にか小銭を揃えていたようで、慣れた手つきで紙と小銭を投入口に入れる。
バスを降りると再び蒸し暑い空気に包まれた。
「バスって難しいな」
「都会は電車ようけあるけんバス乗らなさそうやもんね」
「都会でも全ての場所に鉄道が通っているわけじゃない。鉄道空白地帯もある」
「へえ〜意外やね」
「たしかブルーラインの新百合ヶ丘延伸は空白地帯を埋めるために延伸されるんだったはず」
「ブルーライン?」
「横浜市営地下鉄ブルーラインだ。
……!
俺は横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸計画を知っている」
「正樹くん、横浜の人やったんや」
「いや、新百合ヶ丘は川崎市だし、横浜市民だったとは限らない。俺が鉄道オタクだから知っていた可能性もある」
ブルーラインはどんな鉄道なのか記憶を探ってみる。
銀色のボディに青いライン。
あざみ野から横浜を通って湘南台に行く。
センター南北や新横浜を通る。
線路の幅や何系とかそういうのは思い出せないから鉄道オタクではなさそうだ。
他にもあらゆる情報を思い出そうとしてみる。
「うーむ……」
「図書館着いたよ」
沙枝に言われてもう図書館が目の前にあることに気がついた。