第2話 名前を探せ
家の中の探索をしよう。
まずはこのリビング。
目に付いたのは机、椅子、ソファ、テレビ、観葉植物。それだけ
雑貨のような物が全然ない。
テレビ台にDVDプレイヤーがあるが、周囲にDVDはない。
机の上には妹が飲んでるオレンジジュースだけ。
名前の分かる物はなさそうだった。
リビングを見渡していいると、テレビの横のガラス戸の向こうに空間があるようだ。行ってみよう。
ガラス戸を開けるとテラスに出た。
テラスには木で作られた丸い小さなテーブルと椅子、それらを覆うガーデンパラソルがあった。
夏の日差しが暑いのでパラソルの日陰に入って周りを見渡した。
まばらに立った家と、その間を埋める畑。ちょっと遠くに森、その奥にそびえる大きな山脈。
田舎、という感じの景色だ。
暑いからすぐに家の中に入った。
リビングに入って右のほうにある扉を開けると、廊下に出た。
左手には階段。
「2階は私の部屋だからお兄ちゃんは入らないで!」
リビングから妹の甲高い声が聞こえた。行くのはやめておこう。
階段の右横にはトイレがあった。洋式。
廊下の一番奥には玄関があった。
靴箱の上には靴べらと鍵。中には女物のブーツのみ。
土間には女物の運動靴とサンダル、男物の運動靴が置いてあった。
壁には潰したダンボールが立てかけてあった。
『愛媛県新居浜市××町 〇ー〇ー〇 澪標
中村愛菜』
この家の住所と、妹の名前か?
廊下を戻ると、左手に洗面所と浴室があった。
洗面台には日焼け止めとカミソリと洗顔剤とタオルと歯ブラシ2本がある。
歯ブラシにはそれぞれ愛菜、正樹と名前が書いてあった。
正樹、きっとこれが俺の名前だろう。
名前を見ても何も感じない。
状況からして自分の物のはずだが、何も呼び起こされる記憶が無い。まるで他人のものを見ているかのようだ。
まあいいや。名前が分かったし、妹の元へ行こう。
「愛菜」
「思ったより早く思い出したねお兄ちゃん」
「思い出したんじゃない。名前が書いてあったものを探し出しただけだ。
お前の名前は中村愛菜。俺の名前は中村正樹。合ってるよな?」
「正解!」
「それと、この家は俺達の家ではないか、最近引っ越してきた家だろう?
この家からは中村正樹が生きた痕跡が見当たらない」
「察しがいいねお兄ちゃん。じゃあ正解記念に教えるね。
この家はママの友達が経営している貸別荘。
コロナの時代にテレワーク向けのセカンドハウスとして売り出したんだけど、コロナ時代が終わったから借り手がいなくって……まあ仕方ないよ新幹線も空港もない田舎なんだし。
それでママの友達に夏休みの間だけ借りてみない?って言われて新居浜に来たってわけ」
「この土地に知り合いは?」
「わたしはネッ友がいるけど、お兄ちゃんは知らない」
知り合いがいない謎の田舎に俺はいる。
愛媛県が四国の左上にあり、県庁所在地が松山という知識はある。
だが新居浜に関する知識が何も無く、どこにあるかすら分からないから、記憶喪失前の俺は多分何も知らずにここへ来たんだと思う。
全く知らない土地で、果たして俺は記憶を取り戻せるのか?