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驚いたことに、ダッカスは破格の待遇で迎えられた。
A地区を満たすだけのエネルギー源すらとぼしくなりつつあったのだ。太陽製造工場からの接触があったと知って、目の色が変わった。
二人は、コンピュータの画面が大きなスクリーンで出せる部屋に通された。シーラには、突然異世界に放りこまれたかのような衝撃だった。
チップを読むためのチームが即席で作られ、処理に当たった。
太陽が消えたあともA地区で文明の恩恵を受けていた老人たちが七人、席についてじっとチップの解析を待っていた。その隣に、ダッカスとシーラの席が設けられた。
しばらくして、大スクリーンに映像が映った。
太陽製造工場だった。全体に赤みがかっていて、ひどく乾燥しているようなイメージを受ける。
「たしかに本物だ。ジェイ…いや、いまはダッカス君だったかな。きみだったからこそ、使いのアンドロイドの適確な処置ができたのだよ」
老人のしわがれた声が、ダッカスを絶賛したが、シーラにはいやな感じだった。ダッカスも不愉快に受け取ったのだろう。にこりともしなかった。
「次に文面を出します」
チップ解析チームの男が言った。
その内容は、こうだった。
『一年前、一人の男が工場に乱入してきて太陽打ち上げの塔に入りこんでしまった。そして何の間違いか、彼をエネルギーとして太陽が上がった。
空にふたつの太陽が並んだ瞬間に、霧が発生した。そうしてふたつの太陽は融合してひとつになり、以来一年間、消えることなく空にありつづけている。工場のあるU地区の気温はどんどん上昇し、ついに五十度に達してしまった。
人は地下にもぐって何とか生をつないできたが、地下では食料の栽培もままならない。
霧の外の状況は知らないが、このたび、霧を通り抜けることのできるアンドロイドを開発したので使者として送る。そちら側から霧を解消してほしい。詳細はアンドロイドに記憶させている。』
チップにはメッセージの他に、太陽製造の塔の設計図が付け加えてあった。
文面がすべて流れたあと、七つの老体は小躍りしてよろこんだ。
「すばらしい、これで我々はまた太陽を打ち上げることができる!」
「霧が解消できたら、冬の寒さも中和されますよ」
「さっそく工場を作ろう」
「霧の解明チームも作らなければ」
明るい声が室内を満たしたが、ダッカスは喜ぶ気になれなかった。
「お待ちください、これは罠だ」
「なにをいう、彼らは我々に助けを求めてきているのだぞ!? それとも、きみは友人が太陽になってしまったことで、我々を恨んでいるのか?」
「ちがう、ラードは生きている」
「そんな馬鹿な。たとえ太陽になっておらずとも、あれだけ"R"を投入した身体だ。生きているはずがない」
「ラードは生きてる。みなさん、お忘れですか? "R"は光と暑さが嫌いなんだ。冬と闇の世界のこちらとは事情がちがう。アンドロイドの様子からして、むこうに太陽の光があったことはたしかです。そして、チップの納まってた薬莢。これはラードが肌身離さず持っていたものです。工場長はご存じかもしれないが、塔に入ってエネルギーを抽出された人間は、灰のひとつまみすら残りません。服も装飾品も、なにひとつ残らないんです」
「つまり、ラード警部は、塔には入らなかったと?」
「そうなります。そして、友人として言わせてもらえば、わざわざ薬莢にチップをいれてよこす、なんてことをするのはラードくらいですよ」
「だ、ダッカス!」
彼がなぜ親友を悪く言うのかわからず、シーラはその名を呼んだ。
しかしダッカスは、首をふった。
「おれが、やつをラクにしてやらないといけないんだ」
おだやかな声で決意をのべたダッカスの目は、はるか遠くを見つめている。
「だが、困っていることもたしかじゃないかね。霧を解除してほしくて、塔の設計図をよこしたんだから」
「そうだ。とにかく霧の解除につとめるべきだよ。そうしてようやく向こうと意志の疎通もはかれるというもの」
ラードを弁護するような発言をする老人たちの真意は、太陽を取りもどせたらそれでいいじゃないか、である。
どこまでも醜いとダッカスが眉をよせたとき、その招かれざる客はやってきた。
どうやって入りこんだのかはわからないが、ダッカスの部屋に置いてきたはずのアンドロイドだった。
「ああ、ここは落ち着く」
彼はうっとりとそうつぶやいた。
「お前、どうしてここまで……」
ダッカスの言葉を受けて、彼は少し首をかしげた。
「お湯を沸かそうにも、水がなかったものでね。蒸気のエネルギーが切れる前にあなたを捜そうと思って、途中でこの光あふれる町を見つけたのだ。ここにあなたがいたのは、計算外だったが…。あなたは、ここになにか用事が?」
「いや、まあ…お前が持ち込んだ資料をな、ここぐらいじゃないと解析できねえからさ」
真正直な答えを返してから、ふとダッカスは目を見開いた。
自然で疑う余地のなかったアンドロイドの言葉と行動。その不自然さにハッと気付いたのだ。
「なにか?」
彼は、ダッカスの視線にもふてぶてしいくらいの余裕でほほ笑んだ。
知らず、こみあげてくる笑いを、ダッカスは止められなかった。シーラが、ダッカスを心配して見上げてきた。
「ダッカス、どうしちゃったの?」
「はは…そうか。そうだったんだ。なあ、お前……お前は昔っから、おれをだますのだけは上手かったよなあ、ラード?」
ラード。ダッカスは、アンドロイドにむかってそう言った。しかし当のアンドロイドは、まるで感知せず、といった風に薄いほほ笑みを崩さない。
「ラード。最初から、いかれたアンドロイドのふりをして、おれをだまして、笑ってたのか?」
ダッカスの声は、冷えきっていた。
対するラードの表情は、乾いていた。
「お前は相変わらずバカだと思っていたが、少しは学習たんだな。恐れいったよ」
ラードが自分のことを認めると同時に、室内を緊張が走った。はやまったものが、レーザーガンを使った。
「無駄だ!」
叫んだのは、ダッカスだった。
そして、ダッカスの言ったとおり、ラードはレーザーを受けてもびくともしなかった。
「おれが塔に入ったのは、本当さ。太陽があがったのもね。だが、塔がエネルギーに変えたのは、おれのなかの"R"だったんだ。Rはすさまじい生命体だったわけさ。おれは姿形こそ変われど、燃え残った。そして、Rからできた異常な太陽が、一瞬にしてあの霧を生み、落ちることなく空に君臨し続けた。教えてやろうか? 霧の中は、いまや百度を超す灼熱地獄さ!」
「そうして、いまのお前の身体は、その灼熱地獄にも、あの霧にもたえうるすばらしいものというわけか」
「まわりの人間はみんなあっけなかったよ。すぐに気温は四十度を超して、食料不足と暑さから間引きが始まった。間引きはすぐに泥沼のサバイバルになったよ。おれは光さえあれば、永遠に動く身体だったから、快適な日々を送れたがね」
「そのお前が、その快適な生活を捨てて、いったいなにがしたいんだ? 復讐か?」
「まさか。親切だよ。ジェイ。気付かなかった? 霧が広がっていることに」
「霧が……?」
言われてみれば、思い当った。
シーラが霧に気付いたとき、ふたりはそんなに奥まで歩いていなかった。
「一年間、空に君臨しつづけた太陽は、ある日忽然と消えてね、太陽の引力で濃縮されてあった霧は、広がり始めた。つまり、この闇と冬の町を、闇と灼熱の空気が襲うわけさ。霧の侵攻とともにね。そして、いまおれがここに来たのは、その解決法を教えてやるためだよ。霧は外からの熱に弱い。外から霧にむけて太陽を一発打ちこめば、霧は消滅。百度の空気は一気にまわりの冷気にとけて、ちょうどいい温度にまで中和されるだろう」
「そして、お前は再び光の世界を取り戻す、と。そういうわけだ」
ラードは、皮肉な笑みを浮かべた。
彼の行動は、親切でも何でもなく、自分が光を得るためのものだったのだ。
「やっと分かったよ。お前は、自分の身体がいつまた"R"に侵食されるか、それが怖いんだ!」