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霧の中  作者: 野々花
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 青年は、湯を飲ませてしばらくすると、目を覚ました。


「気分はどう?」


 シーラが聞いた。


「暗い…ここは?」

「ダッカスの家よ。あなた、あたいたちの目の前で倒れるから、びっくりして連れてきたんだよ」

「ダッカス? 知らないな。ところで、どうしてこんなに暗くしているんだい?」

「どうしてって…明かりがないからよ。太陽が消えて、電気もつかなくなっちゃったから、これで精一杯明るいんだよ」


 シーラは言ったが、青年はいまいち理解していないようだった。


「無駄だ」


 ダッカスが、横から口をはさんだ。


「そいつは、太陽のあるところから来たんだ。そうだろ? お兄さん。明るいのが、当たり前だったんだ」

「わからない。とにかく森をでようと思って歩いていて…でも、この暗さはたまらないな。わたしは…そう、わたしは光をエネルギーにしていたような気がする」

「光をエネルギーって…おまえ、アンドロイドか? まさか」


 かつて太陽製造工場で働いていたのは、幾多のアンドロイドだった。光をエネルギーに、半永久的に動くことができるという。アンドロイドなら、霧の森を突破できたことも、納得がいく。


「アンドロイド…それが、わたしの名前か?」

「あの霧のせいで頭がいかれちまったか。ま、これだけ人間そっくりじゃあな。少しは弊害もでるか」

「あなたは、わたしを知っているのか?」

「昔、お前の仲間を見たことがあるという程度だが」


 ダッカスは言葉をにごした。彼が見たのは、無機質でずんぐりとした、人間にはほど遠い形態のものだった。


「太陽製造工場にも、こんなかっこいいアンドロイドがいたんだね。みんなあなたと同じ顔なの?」


 とは、シーラだ。かつての花形アンドロイド、パビリオンのナビゲーターを連想したらしい。


「みんな…あのサイレンのもとにいたのだろうか」

「サイレン?」

「気が付いたらわたしは霧の森にいて、サイレンの音から遠ざかるように歩いていた。ああ、そう、これを…これを誰かに届けなければならなかった」


 そういって、青年は、いや、そのアンドロイドは、ぎゅっと握りしめていた手をひらいた。

 そこには、金色のちいさな筒状の物体があった。


「これは…、薬莢じゃねえか」

「やっ…なに、それ?」


 シーラが薬莢をのぞきこんだ。


「ま、大戦前の銃の弾だな、早く言やあ。…おい、ちょっと見せてくれ」


 アンドロイドは、素直にそれを渡した。

 薬莢を器用に分解して、ダッカスは中からちいさなチップを取りだした。


「なるほど。これに、太陽製造工場にいる連中のメッセージがあるわけだ。おい、人形、ほかに何か覚えていることは?」


 人形と呼ばれて、アンドロイドは少し顔をしかめたが、すぐに、「ありません」と首をふった。


「なら、おれが聞く。ラードって名に聞き覚えは?」

「らーど? 知らないな」

「じゃあ、ジェイは」

「じぇい…アルファベットの?」

「知らないか。分かった」

「ダッカス? 誰か知り合いがいたの?」


 シーラが聞きとがめたが、返事はなかった。

 ダッカスの視線は、アンドロイドに注がれていた。


「お前さんにはしばらくここにいてもらう。記憶のないお前に動く理由はないはずだし、ここなら自由に湯が沸かせる。おまえさんは光のかわりにお湯をエネルギーにできるんだろ? それから、言っておくがシーラに何かしたらただじゃおかないぞ」


 ダッカスはそれだけ言うと、部屋を出ていった。

 シーラは青年姿のアンドロイドとダッカスの背中を見比べ、一瞬迷ったが、ダッカスについていった。鍵をかけることを忘れずに。


「ダッカス!」


 暗い階段を、追いかける。


「シーラ。馬鹿だな、来たのか」

「だ、だって、あんたのほうがやばそうなんだもん」

「どこがだよ、お前、目ぇ見えてっか?」

「こ…子供だからって、分かんないと思ってるの? あんたがなに抱えてるのか、あたいにも話してよ。あたい、あんたのお荷物になるために拾われたんじゃないだろう?」


 生意気なことを言ってのけるシーラに、ダッカスは破顔した。


「ああ、そうだ。こんなお前だから、おれはまた死ねなくなっちまったんだ」


 シーラに出会ってなければ死んでいた。ダッカスは、少し前の自分を思い出していた。


「そうだなあ、いまからA地区に行くけど、来るか? その道すがら、話してやるよ」

「A地区!? ダッカス、A地区に出入りできんの!?」


 栄光のA地区。そこは、最低でもFクラスまでの人間しか出入りできない、シェルターの中でも、隔離された地域だった。静脈・声紋などの厳重なセキュリティチェックがあった。そのパスを、彼は持っているというのか。


「それも、話を聞けば分かる」


 ダッカスは、微妙な笑いを唇に乗せた。


  *


 まだ、人工の太陽が燦然と輝いていた時代。

 太陽のエネルギーで、シェルターは文明の恩恵に満ちあふれていた。自動車が走り、派手なネオンの店が立ちならび、整備された公園に住宅街。A~F地区の層の外がわには、明るい太陽のもと、金色の麦畑と豊かな森の広がる"自然地区α"なるものもあった。

 ジェイは、まだ二十をすぎたばかりの新米警官だった。社会の悪の撲滅と囚人の更正に燃えて、相方と充実した日々を送っていた。

 そのころも、貧富の差は激しくて、盗みや恐喝などの犯罪が絶えなかった。ところが、刑罰のほうも厳しくて、ちょっとした罪で死刑になることがままあった。

 ある日、彼の相方は、この社会の不平等が原因だと言い始めた。

 貧しいものは、とことんまで追いつめられる。だから犯行に走るのだ、と。それはジェイも常々感じていたことだった。

 金持ちほど高いところで胡坐をかいて、贅沢をむさぼっている。

 しかし、それは一介の警官にどうこうできるものではなかった。ふたりの理想は、夢物語りのまま、十年の歳月が流れた。


  *


「その相方の名前が、ラードさ。ジェイは十年のあいだに理想なんて捨てちまってたけど、やつは捨てきれなかった。ずっと世の中の不平等と対峙していたのさ」


 ダッカスは、歩きながらシーラの肩を抱きこむと、遠い目をした。


「ダッカス……?」


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