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プロローグ
霧の中、歩いていた。一人で。
──ウォン、ウォォン…ウォォン……。
どこからか、胸に迫るような低いサイレンのうなりが響いてくる。
(ああ、また壊れてやがるな)
ぼんやりと思う。そんな自分に、彼はハッと足を止めた。
「あのサイレンのもとが、帰るところなのだろうか……?」
つぶやいてみる。
けれど、全てが霧のようにぼんやりしていて、分からない。それ自体、重大なショックであるべきなのに、その緊迫感がない。
足は自然にサイレンから遠ざかっていく。
後ろ髪を引かれるような意識をわずかに持ちながら、それでも彼はやみくもに歩いて、サイレンの鳴る場所から遠ざかっていった。まるで、そうするつもりであったかのように。
いや、実際、そうだったのである。
胸に抱いた、それのために。
彼は、それをぎゅっと握り締めると、いても立ってもいられなくなって、足早にその霧の森を、出口を求めて彷徨った。
とにかく、ここを離れるんだ──それが彼に分かる唯一のこと。
手の中のそれのために、そして記憶を取り戻すために、彼は歩き続けた。




