第十七章「道化」④
「俺の調べた限りでは、リウ・モンは王位に野心を持っていなかったと思う。武人として生きていければそれでいいと思っていて、もしかしたら戦場で死んでもいいとさえ思っていたかもしれない。可愛がってくれた武王への忠義なのか、王位に興味がない姿勢を示すためなのか、軍事には全力を尽くす一方で、リウ・モンは朝廷の官位も持っていなかった。
だがそれでも、兵士に、そして民衆に人気のあるリウ・モンは、現王や現王太子たちにとって目の上のたんこぶだった。そして、実際にかなりの嫌がらせというか、迫害を受けていた。リウ・ファンと同じだ。
リウ・モンは、王子たちにいじめられるリウ・ファンが自分と重なったんじゃないかと、俺は思う。
リウ・モンは、幼少の頃に武王に見出されて庇護を受けていたが、リウ・ファンにはそれもない。王の子として生まれながら、蔑まれ忌まわれるリウ・ファンに、リウ・モンは手を差し伸べたんじゃないか。かつて自分が、武王にそうしてもらったように。
リウ・モンは、リウ・ファンに武芸を仕込み、政治から離れて戦場で生きられるようにしてやろうとしたんだと思う。たぶん、リウ・ファンが本当は女とは知らずに。そして、リウ・ファンはその手を取った。初めて与えられた救いだっただろうからな。本当は女だからとか、戦場は嫌だとか、そんな贅沢が言える状況じゃなかったんだろう。
そこからの細かい経緯は分からないが、リウ・ファンはリウ・モンから武芸を学び、とうとうリウ・モンにくっついて戦場に出ることになった。
兄の王太子や他のきょうだいは、止めはしなかった。ちびのリウ・ファンのことだから、さっさと討ち死すると思ってたのかもしれない。
その辺は推測するしかないが、二年前の春頃から、リウ・ファンは戦場に出てる。リウ・モンほどではないが、そこそこの働きはしてたみたいだ。実際、憑座の力の分を差し引いても、ウィンは強かった。それに、武具も違うし騎馬してるし、王族ってのは普通にやったら他の奴らより強いんだ。
しかし、これが裏目に出た。
何戦かやらせてみたら、思ったよりリウ・ファンは仕事をしている。そして何より、王族なのに先頭で戦う姿が兵士たちからは受けた。リウ・モンと二人一組で、評判が上がったわけだ。
目論見が外れた王太子側は放っておけなくなった。軍人に徹して生きることが自分たちの生き延びる道だとリウ・モンは考えていたようだが、そうではなくなった。リウ・モンもリウ・ファンも優秀だったから」
「それで、二年前の秋なのね」
「ああ。ビヒロ高原で二人は味方に裏切られて殺されかけた。実際、公には、リウ・モンとリウ・ファンは死んだ」
「じゃ、陽国に帰らず今も北ノ国にいたのは?」
「帰ったら危険だからだろうな。こっちにいても、陽国の者から追われていた可能性が高い。あっちの状況が変わるか、リウ・モンの価値が変わるかしない限り、あいつらは暗殺の対象だろう。なんせ、死んだことになってるんだから」
「リウ・モンの価値が変わる、って?」
「たとえば」
ラスクは、分からないか?とでも言いたげに、掬い上げるようにフローラを見た。
「北ノ国の皇太子と皇女を拘束して帰ってきたとか」
「じゃあ、じゃあロディは、ほんとうにわたしたちを狙っていたということ?」
「本当のところは分からん。でも、単に捕まえて連れてくとか、首を持って帰るだけならとっくの昔にできただろうし、春日国に向けての移動なんて真反対の旅に同行する必要はない。だから、あいつにそんなつもりはなくて、ただ憑座仲間にこだわるウィンにくっついて来てただけかもしれん。あるいは、恩を売っといて、安全を確保してから護衛の報酬として交渉するつもりだったのかもしれん。それは、本人に聞かないと分からない。正直に言うとも思えないけどな」
「ロディ……ウィン……」
フローラが考え込むと、また静寂が訪れた。セディアも、そしてシルヴィーも、誰とも視線を合わせないまま、長いこと一言も発さないままだ。
「結局、あの人は誰だったの?」
しばらく考え込んだ後、フローラが口を開いた。
「あの人?」
「物乞いの人。あの人が何かしたから、ウィンたちの正体が知れて、こんなことになってるんでしょう?」
「嬢さん、聞こえてなかったのか?」
「ええ。私は少し離れていたもの。あの人が何か言って、場が凍りついたのは分かったけど、はっきりとは」
占い師の設定だったフローラは軽々しく動けなかった。そかも、顔を隠していた。
「そうか、そりゃ混乱するよな」
ラスクは頷いて、
「あの男は、ロディのことを『殿下』と呼んだ」
「『殿下』……」
「王族の人間を指す言葉だ。俺たちの知る北ノ国の皇族でないのなら、残された可能性は少ない。それで、な」
ラスクは言葉を切ってちらりとセディアを見た。フローラは、その意味を理解して頷く。それで、彼女らの正体に気付いた兄は咄嗟に剣を抜いたのだ。
でもそうなると、新たに疑問が生まれる。
「でもそれなら、その人は迂闊すぎない?」
「ん?」
「本当にリウ・モンの部下なら、わたしたちの前で、ロディを『殿下』なんて呼ぶかしら。リウ・モンが生きていると北ノ国で知られることの危険性くらい、分かるでしょう?」
ラスクは、しばらくなんとも言えない表情を浮かべた後、諦めたようにひとつ息をついて、
「こいつが、血相変えてウィンに駆けつけたからだろ」
と、再びセディアを視線で示した。
「え?」
「あの男は、たぶんもともとリウ・モンに近かった人間だろう。リウ・ファンの顔も知っていた。北ノ国にリウ・モンが潜伏していてあの関を通るかもしれないと踏んで、ずっと張ってたんだろう。確かに、都に近付きたくない奴が南北に移動するなら、あそこを通るもんな。そういう意味では、ロディも俺たちも迂闊だったわけだ。
で、あの男はたぶん、ウィンが……リウ・ファンが、女だと知らない。今日もウィンは男の格好をしていたしな。あの男は、ウィンがリウ・ファンかどうか確認しようとあいつに絡みながら、周りの様子も見てたんだろう。得体の知れない男に絡まれるリウ・ファンを見て、怒って駆けつけて来るような男は、当然仲間か部下だろうと思ったのさ」
ラスクはそう言って、憐れむようにセディアを見る。セディアは、相変わらず頑なに顔を上げようとはしない。
またしばし沈黙が一同を包んだ。夕方が近付き、宿屋の玄関が騒がしくなってきた。