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夢幻の書  作者: こばこ
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第十七章「道化」③

 セディアの逡巡を知ってか知らずか、ラスクはヤン国で調べたことを語り出す。

「まずな、陽国は大陸時代から引き続き、大地の神を信仰している。男性神だ。だが、その声を伝える女の『巫女』の存在も公式に認めている。神の声を聞き、大地に干渉できる存在として」

「それって……?」

「ああ、大地の憑座よりましのことだと考えていいだろう。三女神信仰で言う巫女、こいつとは、使える力が違うからな。生き物を操るとかいう話は出てこない」

 こいつ、とラスクが示したのはシルヴィーだ。

「この、大地信仰の言うところの『巫女』、つまり大地の憑座は、神が地上に祝福を与えるために気まぐれに遣わす者と考えられている。だから基本的には、人々から愛され、崇められる」

「基本的には、ていうのがミソだ。例外ができちまったんだ、十八年前に」

 十八年前。フローラやウィンが生まれる一年前。

「武王の妹がな、この『巫女』だった。ウィンの前の代の大地の憑座だ」

「えっ?」

「嬢さん、前に言ってたよな?憑座が死んだ時に受胎した子が次の憑座になるって」

 フローラが頷く。

「十八年前まで、その『巫女』は完璧な偶像だった。大地の神の声を聞く者が王家にいて、武王の妹で、しかも大層な美人だったらしい。政治的にも全面に押し出されたし、それこそ神事にも出てきた。人気者だった。だが、悲劇が起きた」

「悲劇?」

「この『巫女』は、別の王族に嫁いでいて、子どもが一人いた。男の子だ。その息子は、伯父である武王の元で将軍として活躍し、こちらも民衆から大人気だった。だがある時、この息子が戦死した。将軍なんだから、そりゃ戦死することもある。これまで北ノ国のやつらをさんざん殺して英雄になったんだから、殺られたって文句は言えない。だけど、この『巫女』はそうは思えなかった」

「一人息子を失い、その悲しみで心を壊し、戦を指示した武王と、支持した陽国の全てを恨みながら、城門から身を投げた。そして恐らく大地の女神が怒り狂って、過去に記録にないような大地震が陽国を襲った。地震は三日三晩続き、甚大な被害が出た。

 陽国では、地震は神の怒りだと考えられている。

 混乱の中、『巫女』が自死したことは驚異的な速さで人々の間に広まった。将軍の死、『巫女』の死、そして地震。

 被害を受けた人々は思ったのさ、息子の死に正気を失った『巫女』が神の怒りを招き、陽国に災厄をもたらした、ってな。

 この日から『巫女』、そしてこの武王の妹は、陽国で災厄の象徴になった。腫れ物になった。そんな中、この地震の記憶も新しいうちに、この女とそっくりな見た目の赤子が王太子の子として産まれてきちまった。しかも、母である正妃が出産の時に死んじまうっていう、不吉なおまけ付きで」

「まさか、それが?」

「そう。リウ・ファンだ。黒髪に紫の目をした、武王の妹そっくりな女の子」

「リウ・ファンを男として育てたのは、『巫女』である可能性はゼロだと思わせる必要があったからだと思う。いくら見た目が似ていてもこの子は男の子です、災厄の種ではありません、あんなことはもう起こりません、ってな。まあ結局、リウ・ファンは……ウィンは憑座だったんだけどな」


 フローラが、頬に手を当てて考えながら、

「じゃあ、リウ・モンとリウ・ファンが行動を共にしていたのは?」

 ラスクはひとつ頷いてから、

「いくら男と言い訳しても、リウ・ファンは母を殺した不吉な子として忌み嫌われた。特に、妃を失った当時の王太子、つまり現王と、母を失ったきょうだいからは徹底的に嫌われ、嫌がらせをされた。世話をしたがる侍女もいなかったみたいだな。

 一方のリウ・モンは、知っての通り外では武王の再来として評価されてる武神だが、武王以外の王族からは煙たがられてる。理由は簡単で、母親の身分が低いからだ。リウ・モンの母親の実家は商売の家柄で、王太子がまだ若い時に金の力で妃になったんだな。現王は、血統に問題はないが切れ者とは言いにくい。武芸もからっきしらしい。武王は、この王太子をあまり評価していなかった。だから、王太子としての立場を固めてやろうと、いろんな方向から息子に側室をもらって後ろ盾を増やしていた。その中の一人の子だ。

 リウ・モンは、初めての子だから、最初は現王もそれなりには可愛がっていたらしい。けれど、現王が正妃を娶ってから話が変わってくる。

 現王は、この妃にぞっこんで、他の妃には見向きもしなくなるんだな。現王と正妃の間には、四人の子がいて、女、男、男ときて一番下がリウ・ファンだ。残念なことにこの四人、皆あまり優秀とは言えない。ウィンが実際どうかは置いといて、不吉な子で一番出来が悪いとされていた。

 一方で、リウ・モンは武芸の才を武王に見出され、その下でめきめきと頭角を発揮し出した。

 こうなってくると、現王はリウ・モンが鬱陶しい。愛しい正妃の残した子たちを凌ぐ才も、父である自分より祖父である武王に近しいことも。現王は、いつも父である武王に比べて低く評価されてきたから、尚更にな。

 武王が死んで、現王が即位したのは八年前のことだ。陽国の力が弱まった年になる。この時に、リウ・モンは十六歳で、後ろ盾を失うことになる。リウ・モンに残されたのは武人としての立場だけだ」

 ラスクは一度言葉を切って、指を折った。

「てことは、ロディは今二十四だったのか。しっかりしてるわけだ」

 それに比べてセディアはしっかりしてないと言われた気もするが、ラスクはそんな意地の悪いことはしない。だから無意識なのだろう。でも、セディアはそんなことはどうでも良かった。ウィンはフローラと同い年だから十七だ。ウィンとロディは、七つ違いのきょうだい。それは、嘘ではなかった。

 つかなくていい嘘はつかないでいてくれたのだと、思いたい。

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