第十七章「道化」①
「ねえ、何があったの?あの人は誰?どうしてみんな剣を持ったの!?どうしてウィンたちはいなくなったの!?」
部屋に入るなり、フローラが勢い込んで尋ねた質問に、沈黙が答えた。
今日の、朝と昼の狭間の時間。ウィンとロディが三頭の馬と共に去った。残された四人は、あまり十分でない荷物で、しかも徒歩で、森に戻って野営は難しいと判断し、旅の道連れに馬を盗まれて困った一行という顔をして、渡し船を待つ旅人のための宿に入った。雨風がしのげるだけの、安い、板張りの床の部屋だ。まだ船が出ている昼下がりの宿屋はがらんとしていて、人の気配はない。関所はしばらく前に締め切られたはずだから、今日の検閲に間に合わなかった旅人たちで、そろそろ混んでくるのかもしれない。
部屋に通してくれた宿屋の女がいなくなるや否や、フローラが尋ねたのである。この際、刃物を突きつけられたことはどうでもいいらしい。
机代わりに置いた葛籠を囲んで車座になって、他の三人は何も答えない。セディアは胡座に組んだ脚に肘を乗せて頬杖をついて誰とも目を合わせず、フローラの言葉など聞こえていないかのようだ。ラスクは腕組みをしたまま、視線を自分の藁円座に向けている。シルヴィーは、畏まって俯いていた。
ずいぶんと長い沈黙の後、セディアが顔を上げた。視線を少年に注ぐ。
「ラスク、さっきからなんでずっと黙っている?」
その目は、久しぶりに冷ややかな色を湛えていた。
「知っていたな」
「かもしれない、と思っていた。確信はなかった」
ふうっと大きく息をついて、頭を掻きながらラスクは顔を上げた。少し決まり悪そうに、でもきちんとセディアと視線を合わせて、
「この前、雨で足止めを食った日な。憑座の自覚云々の話をしていた時に、思い出したんだよ。リウ・モンとリウ・ファンを取り逃した兵士たちが奇妙なことを言ってたのを」
ラスクはため息をついて、まるで謝罪するかのように頭を垂れる。
「あれは憑座の力のことだったんだ」
理解の追いついていないフローラが、突然出てきた名前の数々に、戸惑ったようにセディアとラスクの顔を見比べている。
「実は、それを確かめたくて、今回ウィンに男役をやらせたんだ。普通の女は、男になれと言われたら躊躇う。男物を着ても、照れたり、恥ずかしがったりで、上手く男のふりなんてできない。だがあいつは、あっさりとやってのけた」
まるで、最初から男だったかのように。
「どういうこと?それじゃあまるで」
「ロディがリウ・モン。ウィンがリウ・ファン。あいつらは、きょうだいから嫌われ嵌められ、ビヒロ高原の戦いで俺たちが取り逃したら陽国の王子たちだ」
フローラの言葉を、ラスクが引き取ってきっぱりと言い切った。
「リウ・モンと、リウ・ファン?でも、でも、リウ・ファンは」
「男だ。男だと思われてた。実際、ビヒロのあの日まで、ウィンは男として生きてきたんだろうよ」
淡々と持論を述べるラスクに対し、フローラは言葉も視線もふらふらと泳ぐ。
「そんな、そんなことって」
「事実だ。全てがつながった」
そう言ってラスクは天を仰ぐ。
「二年前のビヒロ高原の不可解さも、この旅路のあいつらの嘘の数々も。全て筋が通る。ロディが強いわけだ。武神の再来なんだからな」
「でも、でも」
フローラはまだ納得できない様子で、
「リウ・モンだったら、チクシーカで最初にロディに会ったときに分かるはずでしょう?お兄様は何度も戦場で会ってるって。あなただってビヒロ高原で」
「戦場でやり合ってても、互いの顔なんか知らないさ。陣と陣は遠いし、兜だって着けてる。セディアは、士気を上げるために戦うことはあっても、基本的には本陣で指揮を取る大将だから、リウ・モンと一騎討ちすることもなかったしな」
幾度も軍を戦わせ、互いの思考も理解しているけれど、顔も声も知らない相手。まだ見ぬ好敵手であり、天敵。それが、セディアとリウ・モンだった。
フローラは黙る。もう反論する材料がない。ふっと、息をついた。
「分かるように、話して?」
フローラの様子が落ち着いてきたのを認めて、ラスクは頷いた。そして、語り始めた。彼が陽国で見聞きしたこと、そして、それらから推測されるビヒロ高原での起こったことを。