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夢幻の書  作者: こばこ
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第十六章「忍ぶ人」⑤

 ご無事を信じておりました、との男の言葉は、シュ、シュシュ、という剣を抜く音に掻き消された。

 セディアの斜め後ろにラスク。二人と向き合う形でロディ。先ほどまでとは全く違う種類の緊張感の中、三人が険しい表情で剣を構えていた。物乞いに化けていた男は、ロディの背後で急展開に固まっている。

 そこへ突然、

「おい、やめろ!」

と、ラスクの声が響いた。

 彼の視線の先では、いつの間にか男たちの間から抜け出したウィンが、フローラの首にぴたりと短刀を押し当てていた。

 ウィンの顔に表情はない。

 フローラは恐怖よりも驚きが勝っているのか、ただなされるがままだ。

「ウィン……?」

 セディアの声が震える。

「武器を下ろしなさい」

 そう言うウィンの声は平坦で冷たい。

「ウィン、やめてくれ」

「武器を下ろせと言っているの」

 逡巡の末、まずラスクがそっと短剣を地面に置いて両手を挙げた。そして、

「セディア」

と促した。

「ウィン、お願いだ。やめてくれ」

 セディアの声がひび割れる。ラスクの声は耳に入っていないのか、手は剣を握ったままだ。

 ウィンはセディアの呼びかけを無視し、ロディと闖入者に向けて、自分の背後に来いと手で合図をした。ロディは剣を構えたまま、男と共にじりじりと後退りしてセディアたちから離れる。三人と四人。両陣に分かれて距離が広がる。

「ウィン!」

 なおも語りかけようとするセディアに目を向けたウィンの表情が、突然ぎゅっと崩れた。唇を噛む。そしてその瞳にみるみる涙が盛り上がる。

「先に剣を抜いたのはあなたよ……!」

 言うや否や、ウィンはフローラを解放し背を軽く突いた。きゃっと小さな声がその口から漏れ、フローラは二、三歩前によろけた。ウィンはそのまましゃがみ込んで両手で地面に触れた。ビキビキと音を立ててウィンとフローラの間の大地がひび割れる。

 十分な割れが出来たのを確認すると、ウィンは踵を返して馬に向かった。ロディと男が続く。

 いくつかの荷物を投げ捨て、三頭に別れて跨った三人は、あっという間に遠ざかっていった。

声を出すいとまもなかった。


 がらん、と音を立ててセディアの剣が地面に落ちた。そして彼はその手を見つめた。ウィンが最後に残した言葉。剣を抜いたその手を、まるで責めるかのように彼は見つめ続けていた。

 誰も動かなかった。

明日は更新をお休みします。

世界が穏やかでありますよう。

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