第十六章「忍ぶ人」③
気まずい空気をなんとか往なしながら、一行は北に向かって旅を続けた。順調とは言えないまでも、不調ではない旅路の末、この旅路最大の難関が近付いていた。関所である。
北ノ国の領土のうち、北から三分の一を東西に切り取るように、タカミ川が流れている。北ノ国と春日国を隔てる山脈の高い位置から流れ出て、王都をかすめるように通り、ココシティで海に注ぐこの川は、豊富な水量を誇り水運を担う北ノ国一の河川だった。
この川は広く深く、渡るには、渡し船を使うしかない。山裾の三角州から河口までに何ヶ所か設けられた船場は、そのまま関所になっている。
山脈の山裾を北上してきた一行は、王都からさらにずっと東に川を遡った位置、最も東の関所を通ることになる。船場の他に、東西、南北に走る大きな街道にも関所がある。国内の人の移動を管理するため、国や領主は川と街道を押さえているのである。
ここに至って、ウィンとロディはやっと、タカミ川最東の船場という現在地を把握したのであった。
「で?関はどうするんだ。チクシーカに行く時に使った手形を使うのか?」
明日には関所に着こうという夜である。ロディは、フローラたちに初めて会った日に、ココシティからチクシーカに南下したことを引き合いに出して尋ねた。あの時は、東西に走る大きな街道を越えるために関所を通ったのだ。
「そうね。それしか持っていないもの。あの時は使えたけれど、今度はどうかしら」
「バレたら船に乗れない。それどころか、関所の兵に囲まれてお終いだぜ」
ラスクが、真剣な面持ちで言う。
「前と違って、あんたたちが逃げてからはたぶん厳戒態勢が敷かれてる。今度の関はチバナ領だから、一族の命運を賭けてあんたたちを探してるかもしれない」
「気付かれたら、船を強奪して渡るしかないだろう」
そんなロディの強攻策に対して、セディアは、
「あまり使いたくない手だが、捕まるよりはましだろうな」
と肯定しつつも、
「だが、それだと仮に逃げ果せても、今の場所と行き先が知れる。追手が本格的に増えるし、気付かれないことが先決だな」
と方針を定めた。
「また、旅の占い師に化けるか?」
と提案したのはラスクだ。
「以前の街では疑われなかったか?」
「ああ、面白いほど上手くいったぜ。回復したら占ってほしいって話がいくつか舞い込んだほどだ。あんたらがやばいって聞いて飛んで帰ってきたから、実際には占わなかったけどな」
「それなら、またその設定で行くか。俺は、遣の者その二、かな。なるべく目立たない役回りがいい。ウィンは……」
それまでセディアとラスクの会話を黙って聞いていたウィンは、二人から視線を向けられぱちぱちと瞬きをする。発言はしないが、目を逸らしはしなかった。
「侍女その二、は難しいわよね」
フローラが、ウィンの髪を見て言った。シルヴィーが街で目立たぬように髪を切り与えた結果、ウィンの方が目立つようになってしまった。
ウィンは、肩にかかる毛先をくるくると指に巻いて考える。
髪を切ったの、早まったかなあ。
「占い師の弟、しかないだろ。そのなりで女役は無理だ。役人も無理だ。喧嘩っ早くて昔は荒れていたけど、今は姉の護衛ですってな。男で通したら、武器も隠さなくていいし服も変えなくていいし、万々歳だ」
「男の子になるの?ウィンが?」
フローラが驚いたように言う。
「それは、さすがに……」
「私はそれでいいよ」
当のウィンは、きっぱりと言う。
「疑われないのが最優先。それに、動きやすい格好で、武器を差したままでいられるなら、その方がいい。何があるか分からないから」
彼女の迷いのなさに、フローラの方が戸惑ってしまった。