第十五章「真名」⑤
旅を再開してからも、夜の見張りはもともとの順番で回していた。つまり、シルヴィーが一人で見張る日が二日に一回。その間の日を、ロディ・ラスク組、セディア・ウィン組で交代で埋めていくのである。
その日の夜の見張りは、折悪しくというべきか、セディアとウィンだった。
出会った頃に戻ったかのような、距離を保った背中合わせの見張り。
ウィンは、見張り始めてからもう長いこと微動だにしない。他の面々はみな眠りに落ちたようだ。静かだ。
セディアが、徐ろにゆっくりと立ち上がった。
そして、ウィンの隣に、拳ひとつ分だけ身体を離した触れ合わない位置に、座った。そこから、隣にいる彼女を見つめる。
ウィンは彼の視線に気付いていないはずがないけれど、表情を変えないまま、目前の闇を見つめ続けている。
「ウィン?」
顔を覗き込みながら、セディアはそっと、囁くように呼びかける。
「見張りは?」
目を合わせないまま、彼女は答えた。
「ウィン」
「そっちはあなたが見張るんでしょ」
「ウィン、こっちを向いて?」
ウィンは、ちらりとだけ視線を彼に向け、すぐに闇に戻した。
ちゃんと目を合わせてもらえないのはとても悲しいけれど、これでいいんでしょと言わんばかりのその仕草が愛しくて、口元が少し緩むのを感じる。
「今日、ラスクに言われたんだ。俺が君を好きだと、君は困るんじゃないかって。身分とか、立場とか、いろいろ考えると君が幸せになる未来は描けないって」
ウィンは、押し黙ったままだ。
「だから君は困っている?」
セディアは、そっとウィンの手に自分の手を重ねた。
「俺が君を好きだとしたら、もう今までのようにはいられない?」
返事はない。
「それとも」
次の言葉を繋ぐのは勇気がいる。
「単に、君は俺のことが嫌いなのかな」
彼女の口元がぴくりと動いたように見えたのは気のせいか。
「俺は、自分のことなのに自分の気持ちがよく分からない。これが恋なのか、君を好きなのかも正直分からない。自分の気持ちを前提に人間関係を築いたことがないんだ。
前は、君の側にいると落ち着くと思った。でも、今は、君を困らせているんだろうかとか、何を思っているのだろうとか、その中でも手に触れることを許してくれて嬉しいとか、気持ちが忙しくて本当に分からない。ラスクに自分の気持ちとちゃんと向き合えって言われた。でも分からないんだ」
彼女は、黙って彼の言葉を聞いている。何も言わないし動かないけれど、聞いてくれているのが、彼には分かる。
「今、いちばん強く願うのは、君に俺を見てほしいということ。こっちを向いてほしいということ」
その瞳に、また俺を映してほしい。
ウィンが、闇を見つめたままそっと手を引いた。その体温が、離れる。
「……そっち、見張ってよ」
「……うん」
セディアは諦めて立ち上がる。立ち上がって、そして、また背中合わせに座ろうとしたその時。ウィンがそっと涙を拭うのを、セディアは視界の隅に見てしまった。