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夢幻の書  作者: こばこ
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第十五章「真名」②

 爽やかに晴れ、しかし前日の雨が連れてきた寒さに包まれた翌日の朝、セディアはあっさりと目を覚ました。

 ウィンの時と同じように、枕元に駆け寄ったフローラに、

「もう身体はいいのか!?」

と急き込んで尋ねたまでは良かったのだが、それに続いて、

「ウィン!ウィンは?大丈夫なのか!?」

と血相を変えてフローラを問い詰めたものだから、彼はラスクに一発殴られてしまった。

「痛いな、なんだよ」

「分からないのがまた腹立つ」

「は?」

 そんな会話も、全員がとりあえずの健康を取り戻したからで、どこか空気は穏やかだった。

 久しぶりに六人で朝食をとり、この五日間の情報を共有した。そして、今後の動きを確認した。

 遅れはしたが、予定通り国境を目指す。ヒヅル本島の北端、北ノ国の中でもさらに北の果てから、山を越えて春日国を目指すのだ。

 準備も終わり、さて馬に乗って出発しようという段階で、ラスクがセディアに声をかけた。

「あんたは一人で馬に乗った方がいいんじゃないか」

「え?」

 セディアは思ってもみなかったようで、

「なぜだ?」

と本気でわからない顔をした。

「なぜも何も、あんた怪我してんだろ。肩なんだし、手綱を持つのも痛みが出る。一人の方が負担が少ない。それか、俺が乗せてやろうか?」

「いや、構わない」

「そっちが構わなくても、さっさと治してもらわないとこっちが困るんだ」

「大した傷じゃない。それよりお前は、フローラを乗せることが先決だ」

「じゃあ、またウィンが走ってあんた一人で……」

「ウィンだって、倒れられたら困るだろ。今回は、随分無理をさせてしまったから」

 セディアの返事を聞いて、そしてその真剣な表情を見て、ラスクは無言のまま大きくため息をついた。そして、何かつぶやいたが、

「え?」

 セディアの耳には届かない。

「何でもない。何でもないし、あんたの言い分は分かった。それでいこうぜ、元通り、二人乗りが三組。それでいいよ」

 いい、と言いながらも再び大きなため息をつき、ラスクは出立の準備に戻った。

 よく分からない態度だが、最近はこんなことばかりだ。セディアは気にしないことにしたし、実際すぐに気にならなくなった。



 以前から、ウィンと二人乗りしている時の兄は楽しそうだなと思っていた。兄はウィンに好意を持っているのだろうかと考えたこともある。しかし、これは度を過ぎているのではなかろうか。

 進路や速度に支障を来さない辺りはさすがとしか言いようがないが、先頭を走る彼らの後ろを駆けるのは正直、御免蒙ごめんこうむりたいと、フローラは思い始めていた。

 少し道が悪かったり、坂になっていたり、小川を渡ったりする度に、大丈夫かとか、そっちこそとか、無理するなとか、その他諸々、気遣いと言えば聞こえはいいが、こっちが恥ずかしくなるような雰囲気の会話が聞こえてくる。これは、いわゆるいちゃいちゃと言うやつではないのか。

 背後のラスクがうんざりとつぶやいた、

「見てるだけで胸焼けがしそうだな」

との言葉が妙におかしくて、フローラはくすくすと笑った。

「そうね」

 そして、今の自分たちの会話や態度も、後ろのロディたちからみたら呑気に見えるのかもしれないと、ふと思った。


 まだみんな病み上がりだということで、いつもより長めに休憩を取ることになった。冬が迫っていて気が急くが、誰かが体調を崩したら元も子もないということは、皆が痛いほど理解していた。

 馬を降りてからもセディアとウィンは相変わらずで、ちゃんと休めとか、あなたこそとか言い合っては、楽しそうに笑い合っている。近寄るのも憚られる雰囲気に、フローラが身の置き所を思案していた時である。

 ラスクが小声でロディに呼びかけたのが、微かに聞こえた。ラスクが親指でくいっと小川の方を示すと、ロディは黙って頷いて立ち上がった。

 いつもの役割通りに水を汲みに行くついでに、二人で隠れて話をしようということか。

 二人が立ち去ってからしばし、フローラは頃合いをみて、

「ね、わたし手拭いを洗いたいから、少し小川の方に行ってくるね」

と、残った三人に向かって言った。

「気をつけろよ」

「うん」

 心ここにあらずな兄の声に、こちらも適当に返事をした。

「ご一緒しましょうか」

「ううん、いい」

 フローラが断ると、シルヴィーは全てを察した様子で優しく頷いてくれた。


 足音を立てないように気をつけながら、そっと小川に向かうと、ラスクとロディの横顔が見えてきた。木陰にしゃがみ込んで様子を窺うと、切れ切れに二人の声が聞こえてくる。二人の声は低められていて、内容は判然としない。

「あんたも……だろ?」

「……が、……とも思ってない」

「え?」

「……は、……いるさ」

 だめだ、要領を得ない。

 しばらく聞き耳を立てていたが、収穫はなさそうだ。そう判断して、戻ろうと思った時である。

「先に帰っててくれ。俺は野暮用を片付けてから帰る」

 声を低めるのをやめたラスクの声が、フローラの耳に届いた。

「ああ」

 ロディの声も聞こえる。

「しかし、あまり先に帰りたくないな」

「違いない」

 二人は、そう言って少し声を出して笑った。この二人も笑うんだわ、とフローラが珍しいものを聞いた気分になっていたら、野暮用と言って残ったラスクの足音がまっすぐ彼女の方へ向かってきた。

 ばれていたのかしら。逃げるべき?でも、今から動いたらそれこそ……。


「盗み聞きとはいい御趣味だな」

 逡巡してる間に彼女に迫ったラスクの声が、頭上から降ってきた。その声に怒りは感じられず、むしろ揶揄っているような響きすらある。

「……気付いてたの?」

「素人の尾行に、気付かないわけがないだろ」

「でも、よく聞こえなかった」

「聞かなくていいさ。戻るぞ」

「ねえ、待って。何の話を……」

ラスクはフローラの問いに答える気はないらしく、さっさと茂みをかき分けて進んでいく。ぶすっと口を尖らせて、でも盗み聞きをしていた自分に問い詰める権利はないと分かっていたからそれ以上詮索せずに、フローラは彼の後を追った。

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