表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の書  作者: こばこ
78/129

第十五章「真名」①

 炎の爆ぜる音がした。そして、穏やかで密やかな話し声。知った声だ。優しい声。

 ぱしん、とまた炎が爆ぜた。

 炎が、近くにある。

 誰がつけた炎だろう?

ここはどこだっけ。私は、何をしてたんだっけ。


 ぼんやりとした思考のまま、ウィンはそっと炎の方に顔を向けた。と、炎を背負った影が駆け寄ってきて、彼女の枕元にしゃがみ込んだ。

「ウィン?ウィン!気がついた?」

「フローラ?」

「そうよ、わたし。ウィン、大丈夫?」

「私は……」

 少しずつ記憶が確かな形を作っていく。フローラは確か、街へ降りていたはずで、ここにいるということは。

「フローラ!もう平気なの?身体は?」

「完璧とは言えないけど、あなたたちよりはずっと元気よ。ねえ、何があったの?大地の女神は、詳しいことは教えてくれないし」

「私たち……私たちは……?」

『私たち』。私と、一緒にいたひと。

「セディア!セディアは?熱は?」

 がばっと起き上がったウィンの肩を、フローラが優しく押さえる。

「落ち着いて。お兄様も大丈夫。わたしたちが戻った時にはまだ熱があったけど、シルヴィーが流れを整えてくれたの。あ、これはお兄様には内緒ね。もう熱も下がって落ち着いてるわ。今はね、森を出た日から数えて五日目の夕方よ」

「そっか。良かった……」

 フローラの視線を追うと、ウィンのすぐ隣でセディアが横になっていた。顔色はまだあまり良くなさそうだが、確かに苦しげではない。

 ほっと、胸を撫で下ろす。

「大地の女神が、狼に襲われて怪我をしたお兄様を、ウィンがここまで連れてきてくれたんだって、自分が倒れそうになりながら連れてきてくれたんだって、それは教えてくれたの。ウィン、ありがとう」

「……お礼なんて、言わないで」

「え?」

 思い詰めたその声音に、フローラの後ろからロディとラスクがこちらを窺う。

 だけど、ウィンは顔を上げることができなかった。



「私……セディアのことを守れなかった。ごめん、ごめんねフローラ。怪我をさせてしまった。熱まで出て。無事だったから良かったけど、もし、もしものことがあったらどうしようかと……!」

 フローラの前で、ウィンは吐き出すようにそう言った。

「ウィン……」

「ごめんね。自分だけ手当てしてもらって、セディアのこと放り出して。今だって、自分ばっかり回復して。私、護衛を名乗る資格なんてない」

 フローラは、自責の念に駆られながら紡がれるウィンの言葉に、少し悲しくなった自分に気付く。

 ウィン、そうじゃない。そうじゃないよ。

 フローラは、背筋を伸ばして、居住まいを正した。そして、ウィンの手を取ると、彼女はくしゃくしゃになった顔をフローラに向けた。

「ね、ウィン。今からわたしは、あなたたちを護衛として雇っている者として話すわね?」

 フローラは、意識して穏やかな声音で話す。

 ウィンは、悪さをして親に諭される子どものような顔で頷いた。

「厳密に言えばあなたはお兄様の護衛ではないけれど、あなたは今回、お兄様を守ってくれるつもりで一緒に残ったのよね?

 それなら、狼の……動物の襲撃を予想していなかったのは手抜かりね。次からはこういうことのないよう、事前にしっかり考えなさい」

「はい」

 ウィンの表情も引き締まる。彼女は、背筋を伸ばして、答えた。

「それと、あなた襲われてすぐに大地の女神に相談しなかったでしょ?忘れてたの?私たちには頼れないと思ったの?何かあったら、すぐに誰かに相談しなさい」

「はい」

「そして、ここからは、あなたのお友達として」

 驚いたように目を見開いたウィンを、フローラはそっと抱きしめた。

「無事でよかった。あなたが無事で、ほんとによかった。そして、お兄様を守ってくれてありがとう」

 ただただ為されるがままになっているウィンの背をフローラは優しく撫でた。そして、ウィンの身体の強張りが取れたところで、身体を離して微笑みかけた。

「もう身体は大丈夫?詳しい話を聞かせてくれる?」

 ウィンは、こっくりと頷いた。


 ウィンが少し俯いてフローラにこの五日間の話をするのを、ロディ、ラスク、シルヴィーはフローラの後ろで炎を囲みながら聞いていた。

 話が進むにつれて、ロディとラスクの表情が険しくなり、苛立ちに変わり、最後には呆れ混じりのため息になるのを、シルヴィーだけが見ていた。

 ウィンが語り終わった頃、外はすっかり暗くなっていた。

「それで、昨日の午後かな、雨が降ってる中、ここにたどり着いたの。野生動物が警戒するように、でもあなたたちなら入れる程度に、入り口の地面に割れ目を作って、たぶんそれで私は力を使い切って、二人とも倒れてしまった」

「わたしたちがここに着いたのは今日の午前中だから、じゃあ、お兄様は丸一日眠っていることになるのね」

「うん……」

「明日の朝には、目を覚ましてくれるといいんだけれど」

そう言って、二人は横たわる青年に視線を注いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ