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夢幻の書  作者: こばこ
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第十三章「大地の憑座」⑤

 背後で何かが動く気配を察知してセディアが振り返ると、ウィンがそっと身体を起こしていた。

「どうした?」

 囁くように尋ねると、ウィンは人差し指を立てて口元に当てる。セディアが素直に従い口を閉じると、彼女は黙って地面に両手を当てた。

 この仕草は、知っている。

 つい先日も見た。周囲にいるものを探っているのだ。誰かいるというのか。俺は、何も気付かなかった。

 彼女の表情が険しくなっていくのに気付き、彼は剣を抜いた。それを目にした彼女は小さく頷く。そして、大地から手を離して立ち上がると、彼と背中合わせになって武器を構えた。

「たぶん、馬を殺したのと同じ。六頭の狼。包囲されてる」

 彼女は、闇を睨んだまま囁いた。

「彼らと私たちの間は砂状化した。環状砂状。内径は二間(約二・四メートル)、外径は四間(四・八メートル)。今度は砂に踏み込まないでよね」

 彼女の囁きに、セディアは頷いた。

「想定通りに」

「うん」

 そして、彼は静かに覚悟を決めた。


 野生動物というものは気配に敏感なもので、こちらが戦闘態勢を取っていることに気付いているのだろう、なかなか飛びかかって来なかった。

 静かに深く呼吸をする。背後に彼女の気配を感じる。彼らの隣で、炎が爆ぜる。

 ぱしん、というその音が合図であったかのように、闇が動いた。



 焚き火以外の方向から、四頭の狼が一斉に飛びかかってきた。ウィンは棒を真っ直ぐに構え、飛びかかってきた勢いを利用して目の前の一頭に突きを叩き込んだ。ぐうっと鈍い悲鳴を上げて一頭が倒れたと思った瞬間、横方向からの強い力で手から棒がもぎ取られるのを感じた。彼女の側にいたもう一頭が、武器を奪いにかかったのだ。

 賢い!

 初めて対峙する狼の対応力に、そして武器を奪われて丸腰になったことに恐怖を感じる。しかも。

 砂状化、全然効果ないんだな……。

 四つの大きな足だからなのか、それとも身体能力の高さなのか。砂状化した地面に踏み込んでいるはずなのだが、彼らに動揺はない。

 背後のセディアを気遣う余裕もない。

 彼女の武器を奪った狼が、ぽいとそれを投げ出して、ウィンに向き合い、飛びかかった。

 獲物の喉笛を狙って噛み付いたその牙は、しかし、空を切った。彼女は狼の思いもよらない高さに跳躍していて、落下の勢いを使って敵の頭に蹴りを入れる。

 二頭を倒し、はあっと息をついた彼女の前で、闇が再び揺れた。これまでの二頭よりも二回りも大きい、美しい毛並みの一頭が姿を現した。

 これまでの二頭とは全く違う殺気を感じて、背筋に冷たいものが走った。この個体がこの群れの長なのだろう。手下たちがやられたので、満を辞して登場というわけだ。

 その大きな狼は、ウィンの跳躍を警戒しているのか、ななかなか距離を縮めて来ない。彼の登場のせいなのか、背後での戦いも一旦やんでいる。

 その獣は、獣とは思えぬ頭脳で考えているように見えた。

 先刻の動きは何だ、と。

 そして問うているように見えた。

 お前は何者だ、と。

 答えてやろう、とウィンは思った。それしか活路はない。

 すっとしゃがんで大地に両掌をついた。彼女の次の行動をセディアはきっと察しているだろうけれど、反撃の狼煙になればとウィンは叫ぶ。

「地割れ!」

 憑座の力を全力で行使すると、自分たちと狼たちの間の地面に環状にひび割れが走った。け目に彼らの足を落とすことを狙って、大地を割っていく。背後で、脚を取られた一頭をセディアが斬り伏せるのが分かった。

 賢明な群れの長は、彼女が力を行使した瞬間に後ろに飛び退き、再び闇に溶けた。ウィンは大地に触れるその足の気配を追って、割れ目を伸ばしていく。

しかし。


「逃げられた」

 憑座の力で地割れを起こす距離には限界がある。その伸長速度にも、同じく限界がある。いち早く強大な力の発現を察知して逃げに転じた群れの長は、その追撃を逃れていた。

 今、近くに大型の生き物の気配はない。焚き火の光で視認できるのは、憑座の能力の範囲よりもさらに狭い。

 はあはあと、肩で息をしながらウィンは立ち上がる。

「何頭?」

 振り向いて、セディアに尋ねた。

「二頭は殺った。そっちは?」

「こっちも二頭」

 ウィンは答えながら、嫌な気持ちになる。

 四頭は倒した。だが、最初に自分たちを取り囲んでいたのは六頭だったはずだ。残り二頭。群の長と、恐らくその右腕のもう一頭。

 仲間を殺されて、怒り心頭の、最も手強い二頭を取り逃したということだ。

 と、ズキン、とどこかが痛んだ。

 それが頭痛だと気付くまでにしばらくかかった。憑座の力は強大だが、その分使うと身体に負担がかかる。跳躍や気配探索のような軽微で使い慣れたものではなく、一気に広範囲に地割れを起こした負荷に、彼女の身体は悲鳴を上げていた。

 ……そんなこと、言っている場合じゃない。

 ウィンは、軽く頭を振って、頭痛を振り払おうとする。そして、

「群れの長らしき一頭を見た。あれが戻ってくる前に……」

「伏せろ!」

 セディアの叫び声と共に、ウィンは肩に強い衝撃を受けて地面に倒れ込んだ。

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