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夢幻の書  作者: こばこ
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第十三章「大地の憑座」④

「行こう、この辺りはまだ人目がある。もう少し森の奥まで入らないと」

 セディアが再びそう言って話の終わりを告げたので、ウィンは素直に頷いた。言うべきことは言った。彼も、恐らく理解してくれた。あとは、それに基づいて自分たちの身を守らなければ。

「大地の憑座は、一度歩いた道を辿ることができるんだよな?奥まで行っても、元の場所まで戻れる」

 セディアが、先に立って森の奥への分け入りつつ言った。

「うん」

 ウィンは、彼の背を追いながら、

「でも、あなたも道を覚えておいて。道が分からなくなるほど奥には、行かないほうがいいと思う」

「どうして?」

 セディアが振り向く。その表情は、本当に疑問に思っているように見える。ウィンは答えに詰まる。

「別行動はしないだろう?」

「……私が死んだら、あなたは森から出られなくなる」

 ウィンの言葉に、彼は足を止めた。身体ごと彼女を振り向き、じっと目を合わせる。そして、ふっと小さく笑った。

「そんなことには、ならないさ」

「なんで?」

「君は死なない」

「だから、なんでそう思うの?」

「女神が、守ってくれるよ」

 本当にそう思っているのだろうか。ついさっき、憑座はただの人間だということを、理解したのではなかったか。

「ついこの間、死にかけたけど」

 案の定、彼は彼女の発言に返事をしない。

「あらゆる可能性を想定しておく方がいいよ」

 重ねて言うと、彼は諦めたようにため息をついた。

「……分かったよ。俺も、道を把握する。いざと言うときは」

 森を見つめる彼の目が鋭くなる。

「自力で森を抜ける」

 その返事を聞いて、ウィンはとりあえず満足することにした。頷いて、歩を進める。今度は彼女が前を歩きながら、言う。

「今日は地形の把握に専念しよう。いろいろ歩いてみて、拠点に出来そうな場所をいくつか探そう。あちこち歩き回る方が、足跡もたどられにくいし」

「そうだな」

「合流まで、五日もあるんだよね。明日以降は、連携の練習や薬草探しもできたらいいね」

「そうだな」

 彼が眩しげに目を細めて彼女の背を見ていることを、ウィンは知らなかった。



 その日は、日中は暖かくよく晴れて、その分夜は冷え込んだ。まだ日のあるうちに二人で夕食を摂り、陽が沈む頃にはウィンは毛布にくるまった。交互に徹夜するのではなく、ウィンが早めに寝て夜半に見張りを交代し、セディアがそこから陽が高くなる頃まで眠ることにしたのだ。これだと、毎日同じ形で生活できる。

 追手は気になるが、野生動物を牽制するために火を焚いた。本当に怖いのは火を恐れない動物の方だが、それだって相手にするなら視界があるほうがいい。

 横になったウィンが、なかなか寝付けずに武器の棒をそっと抱き直すと、火を挟んで対角にいたセディアが立ち上がって彼女の方にやってきた。

 そして、彼女の背に寄り添うように座った。

「この方が、少しでも暖かいだろ」

 声のする方を見上げたけれど、火に背を向けて寝ていた彼女からは、彼の暗い横顔しか見えない。

「君が寝付いたら離れる。いつでも動けるように、ちゃんと身体も動かしておく。だから」

 安心しておやすみ。

 そう言って、彼は闇に目を向けたまま、そっとウィンの頭を撫でた。短い髪が、さらりと流れる。

ロディ以外の人に、頭を撫でられたのは初めてだ。思いがけないその優しさに、背の暖かさに、緊張が解れてとろりとした眠気がやってきた。触れれば溶ける淡雪のような眠りだった。


 そこから三日間は、何事もなく過ぎた。二人での生活にも慣れ、天候にも恵まれ、昼間には、ウィンが最初に告げたように連携練習や薬草探しをする余裕もあった。

 街に降りた四人が追手に見つかっていないか、フローラの体調は無事に回復しているのか、心配なことはたくさんあるが、結果が分かるのは約束の五日目だ。過度に心配しないように、なるべく口に出さないことが二人の間で暗黙の了解になっていた。

 そもそも、自分たちがまず生き延びなければならないのだ。


 二人は淡々と日々を過ごした。

朝、陽が高くなってから活動を始め、軽く朝食を摂り、野営の跡を消して移動する。移動しながら薬草や食料を探す。移動に疲れたら休憩し、時に手合わせをする。いろいろな場面を想定し、どう動くか作戦を立てる。また移動し、初日に見つけておいた野営に良い場所に向かう。道中、寒くなってきたとか、葉が色づいているとか、他愛もない会話をする。

 このまま、穏やかに五日間が過ぎればいい。そして、回復したフローラと落ち合えればいい。

 そんな、ほのかな期待が生まれ始めた、三日目の夜だった。


(ねえ、起きた方がいいんじゃない?)

 浅い眠りの中にいたウィンの頭に、ディージェの声が響いた。

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