第十二章「黒髪」⑤
「いいのか……?」
今度は、セディアが短文を絞り出した。ウィンは笑みを広げて言う。
「あげるとは言ってない。あなたが即位したら、十倍にして返しなさい」
なおも二人が何も言わないから、ウィンは少しじれったくなった。
「まあ、投資みたいなものだよ」
ダメ押しにそう言うと、やっとセディアの口が動いた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
さて、ウィンとしては話を早く進めたい。夜が明けるまでここから動けないにしろ、なるべく早く方針を決めて、夜が明けたらすぐに動けるようにしないと。フローラの身体が心配だ。
「ねえ、お金の話はそれでいいとして、早く話を進めようよ。あとの問題は?他にもあると思ってるんでしょう?」
「あ、ああ」
ラスクが夢から覚めたような顔をして、気を取り直すように二度、頷いた。
「俺とロディと嬢さんと巫女、妙な取り合わせだろ。どういう設定で変装するかが問題だ。若い娘連れだと、商人には見えないし」
ウィンは、今度は穏やかににっこり笑った。
「それなら、シルヴィーに意見があるみたいよ?」
突然名を挙げられた巫女は、分かりやすくびくりと肩を震わせた。
「ねっ?」
ウィンは、彼女に向かって首を傾げてみせる。
「ウィン、私は……」
シルヴィーはふるふると首を振って拒絶を示す。そんな彼女に、ウィンはまた悲しくなってしまう。
「いいから、思うままに語ってみなよ」
あなたは、もっと堂々としてていい。
「……あるところに、占いが得意な娘がいました」
ウィンに何度も促され、シルヴィーがようやく口を開いた。片手は無意識にか、フローラの額を撫でている。
占い?
セディアとラスクが態度で批判を示すのを、ウィンは眼光鋭く制した。
ウィンに頷きかけられ、シルヴィーは続ける。
「娘は請われていろいろな人を占いました。その占いがとてもよく当たるというので、ついには遠くの村や領主からも依頼がくるようになりました」
なるほど。シルヴィーの言わんとすることを察して、ウィンは感心する。
「娘の兄は、娘の占いの客に非常に高額な値を要求しました。また、娘にこれに相応しい装いをさせ、娘自身もそれに相応しい振る舞いをするようになりました。
娘は金のなる木です。腕っぷしに自信のある兄は自身が護衛と仕事の窓口を兼ね、さらに身の回りの世話をする女中をつけました。
娘の評判は広がり、ある日その噂を聞きつけた遠方の城主から占いに来てほしいと遣いがきました。占い師一行は、遣いの者を道案内に、長い旅に出ます。しかし、慣れない旅路に、娘は道中に体調を崩してしまいました」
「そこで、宿屋に立ち寄り養生することにしたというわけ?フローラが占い師、その兄がロディ、シルヴィーが女中で、ラスクが遣いの者だね?」
ウィンが乗り出して尋ねると、シルヴィーが頷く。
「シルヴィー、すごい。物語があっていいじゃない」
そう言って、ウィンは男性陣を振り返る。
「占い師なら、顔を隠していても違和感はないし、お姫様扱いしてもおかしくないでしょう?」
「街で知られていないことについては?」
「え?」
「遠方の城主に請われて招かれているのに、その道中の街で無名であることには、どうやって説明をつける?」
なるほど。この人、ちゃんと聞いてるんだなあ。
揚げ足取りではない、建設的な意見にウィンは少し感心した。と、ロディが助け船を出した。
「東の出身という設定にしたらどうだ。春日国で有名な占い師の話を、東の一派から聞きつけた貴族が招聘したとか。だから、こっちの民の間ではまだ噂が広がっていない、と。
俺は現在地を厳密には把握してないんだが、街の位置は、春日国と王都の旅路には不自然なのか?」
ロディに水を向けられて、セディアとラスクは考え込む。
「普通は海沿いの街道を通るが……」
「ロランを経由したいといえば通るな」
「ああ」
「ロランはキノ家領だから、東の一派の情報が入ってるとしてもおかしくない」
ラスクの言葉に、セディアはふ、と笑みをこぼして、
「招聘されてやってきてみれば、キノ家はみんな消息不明と聞かされた可哀想な占い師だな」
そして皆をぐるりと見回した。
「それでいこう」