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夢幻の書  作者: こばこ
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第十二章「黒髪」④

 決定権を与えられたラスクは、しばらく頭を抱えるようにして考えていた。

 自分自身を納得させようとしているみたいだなと、ウィンは思った。

 それほど長い付き合いではないが、その態度や口調はさておき、彼はセディアとフローラのことを心底大切に思っていることは、ウィンでも分かる。叶うことならその身を分けて、それぞれについていたいことだろう。だがそれも叶わない。

 今回は、四人を残していった偵察の時とは状況が全く違う。ウィンの弱い時間をセディアに預けるが、セディアの弱い時間はウィンが預かるということだ。

 彼自身の提案だとしても、そして他に方法がないことは分かっていても、部外者のウィンに大切なセディアを任せるしかないことを、彼はなかなか認められないのだ。そんな自分を許せないのだ。

 ウィンは、そう思った。


 長い沈黙。

 と、フローラが苦しそうに身を捩った。それが合図であったかのように、ラスクははっと顔を上げた。赤い顔をして横たわる皇女と、その額に濡らした手拭いをあてる侍女を見つめた後、彼は口を開いた。

「そうすると、いくつか問題がある」

 彼の言葉に、ウィンは力強く頷いた。問題があることは、大した問題じゃない。みんなで同じ方を向くことさえできていれば。


「ひとつは金だな」

 意気込んだウィンとは対照的に淡々と、ロディが言った。

「ああ。四人も宿屋に泊まるとなると、金が馬鹿にならない。俺たちの少ない手持ちの金から、今回どれだけを出して、どれだけを残すか」

「あの」

 シルヴィーがおずおずと、誰の目も見ないまま、答えた。

「私は、宿屋の外で野宿しても構いません」

「お前は、嬢さんのそばにいてもらわないと困る。周りの目を考えても、俺たちがつくより女が一人ついてる方が自然だ」

 ぴしゃりと、ラスクが言った。頼りにしているのなら、顔くらい見ればいいのに。

「俺が野宿してしまうと、近くで目を光らせる奴がいなくなっちまう。こいつは、宿屋では大して力にならないから」

 こいつとは、もちろんシルヴィーのことだ。もう少しましな言い方はできないものか。忙しいウィンの感情にはお構いなしに、

「となると、俺が野宿をするか?外から見張るか」

と言ったのはロディだ。

「かとも思ったんだが、何日かかるか分からない。あんたが不審がられて目をつけられたら元も子もない。だから、今後が厳しくなるけど、有り金をはたいてでも四人が宿に泊まるべきだと、俺は思うんだ」

「今いくら残ってる?」

 ミトチカ偵察の後以来の、ロディとラスクの息の合った掛け合いが始まった。

 ラスクは少し考える素振りをしてから、

「あんたらは、馬屋から持ってきた金は使ってないよな?」

 セディアに尋ねた。皇子が頷いたのを見てから、

「なら、十六くらいだな」

とロディに答えた。

「医者と薬にいくらかかるにもよるが、全部使っても四人で泊まれるのは三日ってとこだな」

「そうだな。医者が良心的ならいいが、ぼったくられたら、もっと厳しい」

「お嬢さんの状態からみて、三日で帰ってこれるかは怪しいぞ」

 ウィンも、ロディに同感だ。短くても四、五日かかるのではなかろうか。

「あんたらが前に言ってたみたいに、街場で用心棒の仕事を受けて稼ぐか?」

「あの仕事は結構目立つぜ。それに、その間はお嬢さんのそばを離れなきゃならない」

「うーん。そうなったらやっぱり泊まる人数を絞るしかないのか?」

 二人の議論が膠着したのを認めて、

「何かを売るか?」

とセディアが提案した。

「それはまずいな、足がつく」

 ラスクに一蹴され、しかしセディアは特に腐りもせず、そうか、と答えてまた沈黙した。


「ねえ、ロディ」

 ウィンは、座っていてもかなり高い位置にある兄の顔を見上げた。

「ん?」

 兄は、目を細めて首を傾げた。

「いい?」

 ウィンは、短く聞いた。ロディは、ため息をつく。

「言い出す頃だと思ってた。止めたって聞かないんだろ」

 兄の答えに、ウィンはにっこりと笑う。うん、止められても聞かない。兄はウィンのことをよく分かっている。

 ウィンはベストの物入れから取り出した袋をラスクに渡した。

「これ、貸してあげる」

「お前、これ……」

 中身を確認したラスクは言葉の続きを失って、黙ったままその袋をセディアに渡した。受け取ったセディアも、中身を見、ウィンを見て絶句した。

「銀で五十ある」

 二人の反応に気を良くしたウィンは、ふふんと得意げに笑った。

「医者代と薬代をみても、これだけで十日はいけるんじゃない?」

 したり顔のウィン、訳が分からず固まるセディアとラスク、まだ夜明けには間がある空を、諦めた顔で見上げるロディ。

「どうして……?」

 ようやく、ラスクが絞り出すように発した。

「フローラがくれたの。ココシティで彼女を助けて、チクシーカまで送った日の夜にね。実際に渡してくれたのはシルヴィーだけど」

 そう言ってシルヴィーを見ると、彼女は一同の視線を受けて目だけで頷いた。その手は、柔らかくフローラに添えられている。

「俺の管理してる分は、やらんからな」

 ロディが憎まれ口を叩いた。たぶん、わざとだ。言葉を失った主従をからかったのだ。

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