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夢幻の書  作者: こばこ
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第十二章「黒髪」③

 無言の睨み合いが続いた後、ロディはふっと小さく息を吐いて口の端で笑った。

「だから、それしかないだろ?」

「だから、それってなんだよ」

「俺は、お嬢さんにつく」

 ロディの言葉を聞いたラスクは、無表情のまま、ゆっくりとウィンを見、セディアを見、またロディに視線を戻した。

「それで、いいのか?」

 わずかに掠れた声が、彼の驚きを表していた。ロディは鷹揚に笑って肩をすくめる。

「俺は、お嬢さんに金で雇われてる護衛だからな。雇い主についていくのは当然だろう」

「でも、それだとウィンと」

 そこまで言って、ラスクは躊躇う。

 ウィンと、ロディは別行動になってしまう。それでもいいのかと言いたいのだろう。

「ウィンがどっちにつくのかは、最後にはウィンが決めることだ。だが……どちらのためにも、それしかないだろう?」

 言わないと分からないか?とロディが鋭い目でラスクに語りかけていた。兄の言わんとすることに、ウィンは、やっと気付く。

 そうか、これはお互いに人質を取り合う形なんだ。フローラがロディの手の中にあるから、セディアはウィンを害せない。逆も然りだ。

 実力的にウィンがセディアの人質になり得るのかという問題はあるが、二人で残る以上、どちらかが眠りどちらかが見張りをする時間は必ず訪れる。二人で残るということは、互いに弱い時間を相手に預けるということだ。


「まあそれに」

 ロディは口元にかすかな笑みを浮かべて、視線を火に向けた。

「ウィンは、言っても聞かないだろうからな」

 確かに、ロディもラスクもフローラにつくなら、セディアを一人にできないとウィンは彼につくと思う。言い出したら聞かないという意味では、ウィンとフローラはよく似ている。

 だが、それよりもいい案があるのではなかろうか。

「私とシルヴィーが逆の方がいいんじゃない?シルヴィーは街に行くより森にいてくれる方がずっと戦力になる。その方がみんな安心じゃない?」

 街に、フローラ、ラスク、ロディ、ウィン。森に、セディアとシルヴィー。それなら、みんな心穏やかではないか。幼稚な言い分なのは分かっているが、人質を取り合うような組み合わせにしたくない。だが、その儚い希望は、ラスクとセディアに一蹴された。

「それはないな。なあ?」

「ああ。ない」

うんうんと、二人で頷き合う。シルヴィー自身は、聞こえているのかいないのか、口を真一文字に引き結んだまま視線をフローラから離さない。

「どうして?」

「こいつらは水と油みたいなもんだ。連携なんて無理だね」

「なんで?」

 ラスクが決まりきったことのように語るのが、ウィンを悲しませる。

「根本的に合わないんだよ」

「そうなの?」

 ウィンは、今度はセディアに尋ねる。せめて本人の口から語ってほしい。

「まあ、そうだな」

 ウィンから目を逸らしたまま、言葉少なにセディアが答えた。それ以上話すつもりはないらしいが、ウィンはどうにも納得できない。すると、

「ま、それだけじゃない」

 この件に関してセディアが語らないのを承知しているのか、ラスクがウィンに頷きかけて説明を加えた。

「こいつのわがままだけなら、ぶん殴ってでも言うこと聞かせるんだけどな。

 嬢さんの身の回りのことについては、ずっと一緒にいるあいつの方がよく分かってる。体調の変化が出やすいとことか、いつも使ってる薬とかな。それを押してまで、あんたと替わるほどの理由はないってことだ。あんたとセディアは、連携の練習もしてたんだろ?二人でそれなりに戦える」

「そうなのかな」

 ウィンは、ラスクの言ったことについて考える。無意識に、手が頬に回る。俯く。


「俺と残るのは心配か?」

 彼女の沈黙をどう捉えたのか、セディアがウィンの顔を覗き込んだ。

 首を傾げただけで、ウィンは答えない。

 ウィンは考えている。本当にそれでいいのだろうか。

「以前も言ったが、俺はもう君たちに危害を加えるつもりはない。これだけ助けてもらっておいて、騙し討ちにするような奴は、皇位を目指す資格なんかないと思ってる。安心してくれ」

 セディアがウィンを真っ直ぐに見据えて言う。

 うん、それはまあ、あんまり心配してないのだけれど。

「あなたの身は?」

「え?」

 徐ろに顔を上げて尋ねたウィンの問いに、ロディとセディアが声を揃えた。ぽかんとする二人を交互に見ながら、ウィンは補足する。

「追手が来た時、私だけでセディアを守れる自信はないな」

 今度は、セディアが沈黙する番だった。

 ウィンは、聞き間違いじゃないよと、ひとつ頷きかける。

「自分の心配をしろよ。こいつを助けてウィンが怪我するのはもう御免だ」

「それはそうなんだけどさ」

 ロディは相も変わらず正論だ。それはもちろんそうだ。自分が怪我をするつもりはない。そして、誰にも怪我をしてほしくない。贅沢なのは分かっている。

 兄妹きょうだいを交互に見て、セディアは俯くように軽く頭を下げた……ように、ウィンには見えた。

「フローラに人をつける分、俺の方が手薄になるのは覚悟の上だ。君の力は十分頼りになる。あとは、俺に運があるかどうかだ」

「それと、ウィンの運な」

 ロディはそう言って、ラスクの方を見た。そして三度みたび、言った。

「それしかないだろ」

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