第十二章「黒髪」②
炭を火にくべて、焚き火を大きくした。熱すぎない程度に火の近くに移動させ、残りの面々が使っていた毛布も合わせて、フローラの体を温める。男性陣が忙しなく動く中、ウィンは、彼女のそばで大地に両の掌を当てていた。大地の熱を、集めていた。
もっと早くこうしていれば良かったとの後悔が、頭の片隅をちらつく。しかし、眠る時に自分の周りだけを温めるのと違って、意図して他の誰かの元に熱を集めるのはなかなか消耗する。毎日フローラのためにこの能力を使い続けていたとしたら、先に倒れていたのはウィンだったかもしれないのだ。
一定量の熱を集めてふうっとひと息ついた時には、男性陣は各々の仕事を終え、焚き火を囲んで難しい顔をしていた。空が、かすかに白んでいた。ロディが、目線でこちらへ来いと彼女を促す。
ウィンは頷いて、シルヴィーが皇女の隣に腰を下ろしたのと入れ違いに、ロディの隣へと移動した。
沈黙が続く。
それぞれに思考を巡らせ、一定の結論に達し、でもそれを口には出せない。そんな沈黙だった。
「それしかないだろ」
沈黙を破ったのは、ロディだった。誰にともなく放たれた一言。一堂の視線が彼に集まる。
「それってなんだよ」
不機嫌を隠そうともせず、ラスクが問うた。
「お嬢さんを連れて、街に降りる。茶屋とか安宿じゃなくて、ちゃんとした旅籠で休ませて、それでも駄目なら医者にみせる」
ロディは当然だと言いたげに淡々と告げる。
「いくらシルヴィーやウィンに人と違う力があったって、こうなったらもうここでは治せないさ」
再びの沈黙。それの意味するところは、反論ができないということだ。
「……誰が街に降りるって言うんだ」
吐き出すように言ったラスクが問う。その問いに答えたのは、セディアだった。胡座を組んだ膝に肘を乗せ、前屈みに火を見つめていた彼は、ゆっくりと背筋を伸ばして言った。
「全員で降りるしかないだろう。護衛をつけずにフローラを行かせるわけにはいかない」
しかし、
「それはない」
と、ラスクが言下に切り捨てる。
「何?」
「あんたは駄目だ。あんたと嬢さんは別行動だ、それは譲れない」
「まあそうだろうな」
冷静さを取り戻しつつあるラスクの発言を、ロディが静かに支持した。
「この状態のフローラを、誰かに任せろって言うのか」
ラスクから失われた熱量が移ったかのように、セディアが感情を帯びた声で言った。
「そうだ。当たり前だ」
セディアが熱くなるほど、ラスクは冷静になる。
「嬢さん一人ならどうにかごまかせても、あんたと二人なら怪しまれる。それに、森と違って街中だとこいつらの力は限られる。そんな中、あんたまで守り切る自信はないぜ」
「俺を戦力として数えればいいだろ」
「駄目だ、共倒れする気か。自分の立場分かってんのか」
セディアが反論できないのを確認してから、ラスクは続ける。
「それに、相手からしたら、あんたたちは二人でひとつだ。殺るならまとめてやらないと意味がない。もし街で嬢さんが見つかっても、あんたが見当たらなきゃ嬢さんがその場で殺される可能性は低い。嬢さんの安全のためにも、あんたは残らなきゃならないんだ。自分でも分かってんだろ」
「じゃあ、どう分かれるんだよ」
論破されたセディアは苛々と尋ねた。
「俺の意見としては」
ラスクは足元の団栗をいくつか拾って、そのうち二つを少し離して置いた。
「まず、嬢さんが街に出て、あんたは残る。それは固定だ」
彼は一度言葉を切って、釘を刺すようにセディアを見た。そしてシルヴィーを顎で指しながら、最初の団栗の隣にもう一つ置いて、
「で、そいつが嬢さんに付いていくのも決まり。あとは、戦える三人、俺とロディとウィンがどっちにつくかだ」
ラスクは、手に残した三つを他の面々に、主にセディアに、示す。
「どっちでどんな事態が起こるか分からない。追手にあって身を隠すことになるかもしれない。となると、お互いに連絡が取れた方がいい。となると、ウィンは嬢さんと別の組。こっちだ」
団栗はふたつずつ。でもウィンは、そう簡単な話ではないと思う。
「女神さまは、ただの伝言役はしてくれないよ?」
「だとしても、命が危ないような時には助けてくれるんだろ?そいつから話しかけることもできるんだろ?ゼロじゃない。十分だ。もしあんたらをくっつけてしまったら、連絡を取る方法はほぼなくなっちまう」
そうなのかなあ、とウィンは腑に落ちない。今の今も、無関心なのか意図的な無視なのか分からないけれど、ディージェの気配は感じない。
ウィンの懸念は意に介さず、ラスクはウィンの団栗を置いたのと別の組に一つ追加しながら、
「俺は、嬢さんにつく。となると、残るはロディだ」
そう言って、ラスクはロディを見た。
また、沈黙が降りた。セディアが、それまでラスクに留めていた視線をついっとロディに移した。
ロディは、木々の間にたまった闇を見ていた目をセディアに向けた。