第十一章「疑惑」⑤
「女神の意向を受けて、憑座を守るのが巫女の役目。憑座を危機に晒すことは、巫女個人がやりたくてもできない」
野営地を見つけるのに手間取り、早めに休むはずが、すでに日が暮れ始めていた。結局、あまり良い居場所は見つからず、比較的見通しのいい樹々の間に天幕を張ることになった。雨の気配がないのが、せめてもの救いだ。
いつもの役割に沿って、薪にする枝を拾いながらセディアは休憩時にも語った巫女の特性を繰り返した。
「その『危険に晒す』ってのは、どこまでを指すんだろうな」
同じように腰をかがめながら、ラスクが応える。二人で話をするために、水を汲んだあとセディアの手伝いをする形で合流したのだ。
「どこまで、と言うと?」
「憑座に向かって、剣を振り回すとか、毒を盛るのができないだろうってのは分かる。じゃあ、情報を漏らすのは?」
「情報」
「どっかにもう一人憑座がいるってのが引っかかるんだ」
と、ラスクがセディアをちらりと見て言った。
大地の憑座ウィンと、海の憑座フローラ、そして、もう一人。
「風の憑座だな」
セディアの答えに、ラスクが頷く。
「憑座と巫女は、遠く離れても心の中で会話ができるんだろ?てことは、もしその『風』さんが敵の手の者だったら?『風』さんが巫女に、こっちの情報を渡すように命令するかもしれない」
「巫女と憑座の力関係、だよな」
同じことを、セディアも午後の道々考えていた。
「二人の話によると、憑座自身が巫女に命令することはできないってことだった。だが、憑座は女神に相談することができる。そして」
ラスクが言葉を切った。分かるよな?とその目が言っている。
「女神は巫女に命令ができる」
セディアがそう応えると、ラスクは強く頷いた。
「しかも、巫女は逆らえない」
「で、さっきの『危険に晒すってのはどこまでか』って話になるわけだな」
セディアとラスクの思考は概ね一致していたようだ。
「ああそうだ。風の女神からの命令に従って、俺たちの情報を渡してしまったら、海の憑座の命が危うい。こういう時、巫女はどうするんだろう?」
ラスクの思考はここまでだったらしく、彼は
「聞いてみるか?直接巫女に」
と提案した。
「だめだ」
セディアは否定する。彼はもう少し先まで思考を進めていた。
「仮に風の憑座が敵方にいて、巫女に何か命令しているとしたら、その質問に対する答え方を指示されているかもしれない。尋ねることで、俺たちが感づいたことを気取られるかもしれない」
「なるほど」
ラスクは素直に頷く。
それに、とセディアは続ける
「女神たちの間にも、優先順位がある可能性があるな」
「何だって?」
「優先順位。もし複数の女神が、対立する内容の命令をしたら?誰の命令を優先するのかっていう、順番があるのかもしれない」
「なるほどな」
再びそう言って、ラスクも考える素振りを見せる。
「それは確かめられるな」
「ああ。巫女にばれない方がいいけどな」
そうだ。それは確認の方法がある。
それぞれ、頷いた。そして、しばしの沈黙があった後、ラスクがため息をついた。
「あんたの味方が少ないなあ。正直、何をするにももっと手駒が欲しいとこだな」
それは事実だ。だが、言っても仕方のない事実である。
「で?お前が言いたかったことはそれで終わりか?」
そもそもはウィンに気を許すなという話が発端だった。ウィン。ロディ。そして巫女シルヴィー。現状では、それぞれに疑惑が生じている。




