第十一章「疑惑」④
その日は、久しぶりにしっかり休憩を取ることになった。あまり無理を続けて疲れをためると、かえって進み続けることが困難になるからだ。
フローラが水を飲んで樹に身体を預けて休むのを確認したところで、セディアはまたラスクに襟を引かれた。
「で?」
セディアはラスクに説明を求める。
「で、じゃないだろ。なんであいつと二人乗りしてるんだ」
「相手のことをよく知らないと、何も始まらないだろ。『彼を知り己を知れば』だ」
ラスクは、よく言うぜ、と独り言ちたが、それ以上追求する気はなさそうだった。
「それで?」
セディアは本題を話すよう促す。
「うん。気になることはいろいろあるんだけどな。まず第一に」
ラスクは素直にセディアに従って語り始める。
「あいつらは本当にきょうだいなんだろうか?」
「は?」
「ロディは背が高いけど、ウィンはチビだ。顔だって、似てないと思わないか」
「似てないきょうだいなんて、いくらでもいるだろ」
セディアとフローラはよく似ている。が、身近な人々だけで考えても、血縁者だからといって似ていない例はいくらでもある。見た目も、考え方も。
しかし、ラスクは折れない。
「忍びの知識の中に、親類の見分け方ってのがある。どんなに似てないように見えても、血縁者かどうかはしっかり観察したらだいたい分かるんだ」
「お前、まじめに勉強してたんだな」
「混ぜっ返すなよ。パッと見て顔や体格が似てなくても、血縁者ってのは絶対どこか細かいところで似るもんなんだ。爪の形とか、髪質とか、耳の形とかな」
ラスクに諭され、セディアは眉を顰める。
「それでいくと、ロディとウィンは……?」
「きょうだいと言うには似てない。けど、他人とも言い切れない。微妙なんだ」
「どういうことだ?」
「いちばんあり得るのは、いとこやはとこ。もう少し離れた親戚関係だな。でもな、あいつらがきょうだいじゃないって思う根拠はもう一つある」
ラスクは自分の言葉がセディアに染み込むのを待ってから、切り札を突きつけるように、
「あいつらは、同じ家庭で育ったわけじゃない」
と言った。
「え?」
「これも見分け方があるんだ。手拭いの絞り方、紐の結び方、食事の仕方……こっちは明らかだ。歳の差があるせいでもない。あいつらは、別の家で育った。もしかしたら血のつながりはあるかもしれない。だけど、一般的な意味でのきょうだいでは、恐らくない」
セディアは何も言わなかった。
ウィンとロディがきょうだいではない?
……自分だってそう思っていたではないか。
冷静なもう一人の自分が囁く。怪我をして洞窟で横たわるウィンと、それに寄り添うロディを見て、きょうだいにしては似ていないと思った。その時から、その可能性に気付いていただろう?
まさか。熱くなった自分が否定する。
そんなことはない。そんなはずはない。でも、もしラスクの言う通りだとしたら。
ウィンが、俺たちに嘘をついている?
「そして第二に」
セディアの葛藤には気付かず、ラスクはずばずばと切れ味よく続ける。
「孤児で、教会で育ったってのはありえない。あいつらは、もっと身分や金のある家の出だ」
「なんで……そう思った?」
声が僅かに掠れた。ラスクがちょっと眉を上げてみせてから、続けた。
「話している内容や態度だ。あいつらには、教養がある。あんたらが難しい言葉を使っても理解しているし、計算だって早い。仮名だけでなく、漢字も読んでる。それに……」
ラスクは少し言い淀んでから、
「最初に坑道でからくり箱を開けた時。ウィンはアルファベットを読んでいた。あんたの着替えに『K』がついてることを訝しんでいた。あいつは、西方言語のアルファベットを読める。あんたの、セディアの頭文字が『K』じゃないことも分かる。それにはどれだけ高い教養が必要なのか、あんたでも分かるだろ」
「教会で……西方の文化に親しんで育ったから……?」
「それも違う。教会なら、確かにアルファベットを見ることくらいはあるだろうさ。だけど、読む、綴りを覚えるとなったら話は別だ。孤児にそんなこと教え込む教会なんかない」
「……俺は違和感を感じたことはなかった」
これではただの感想である。情けない返事だと、自分でも分かっていながらセディアは言った。
「それは、あんたも教養がある側だからだ。教養がない人間の生活がどんなのか知らないだろ。たぶんあいつらも、本当には知らないんだ。俺は、田舎の山村の出だから、あいつらが平民じゃないのはよく分かる」
と言って、ラスクはふと口を噤んだ。
「……ん?待てよ。てことは、あいつも気が付いてるのか?」
「あいつ?」
「巫女。あいつも平民の出だろ。ウィンとロディが嘘をついているって、分かってて黙ってんのか?」
セディアは、シルヴィーのいつも伏せられた目を思い出しながら、
「そもそもあいつは、俺の味方ではないんだよな」
そう呟いた。そして、チクシーカ山地からミトチカへの道中に、ウィンやフローラから聞き出した巫女についての知識を探る。
「女神の意向を受けて、憑座を守るのが巫女の役目……憑座を危機に晒すことは、巫女個人がやりたくてもできない、だったか」
その話を聞いたのは、洞窟を出て次の日の休憩時間だった。ラスクも聞き耳を立てていたと記憶しているが、念のために口に出して共有する。
その言葉を聞いて、ラスクは少し考えた後、
「止そうぜ。続きは後にしよう。そろそろ戻らないとまずい」
と言った。
「そうだな」
セディアも、残してきた面々が気になり始めた頃だ。
「続きは、野営地を決めてからにしよう。今日はちょっとゆっくりしようぜ。嬢さんも、ずいぶん疲れてるようだしな」
「そうか」
セディアは少し意外な気持ちで答えた。セディア自身はあまり妹の体調に気付いていなかった。ラスクはフローラと馬に同乗しているから、体調の変化にも気付きやすいのかもしれない。
二人乗りすると、いろいろ分かるもんな。
それは今日一日、ウィンと一緒に駆けた実感だった。