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夢幻の書  作者: こばこ
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第十一章「疑惑」①

 心配されたその夜は、何事もなく明けた。だが、安心はできない。

 いつもなら、朝起きたらまず一晩眠った者が水を汲み野営の痕跡を消す。その間に徹夜組は体を休め、六人で前日の残りを利用した朝食をとってから出発していた。顔を洗ったり湯を沸かしたり、敵に追われている立場だとはいえ、どこかのどかな時間が流れていたものだが、この日は起きるなり慌ただしく出立の準備に追われた。

 ロディとラスクが仕入れてきた乾飯ほしいいと干芋をかじって水で流し込み、敷物を馬に結わえる。野営の跡を出来るだけ手早く消して、各自馬に乗る。みんなの一挙手一投足がが緊張感を湛える。特にセディアは、不機嫌なのか緊張感なのか、ずっと怖い顔をしていた。

 ウィンは、駆け通しの一日に備えて脚の筋を伸ばした。ぴょんぴょんと、大地の感覚を確かめるように跳ねる。うん、問題ない。

 と、後ろに気配を感じて振り向いた。馬に跨ったセディアが近づいてくる。目が合った。

 険しかったその表情がつとゆるみ、いたずらっ子のような笑い方をしたと思うと、彼は、

「ウィン、乗れよ」

と馬上からウィンに手を差し出した。

 思わぬ提案に虚をつかれたが、ウィンはにやりと笑い返して、その手を取った。取って地面を蹴り、軽やかに馬に飛び乗った。セディアの前に跨ると、手綱を持つ彼の腕が、両脇から彼女を包んだ。背が、肩が、温かい。

 飛び上がる時に、ロディが口を開きかけたのがちらりと見えたが、気にしないことにした。



 それから、一行は駆けに駆けた。陽が上ってから沈むまで、秋の短くなりつつある日中を惜しむように駆けた。

「そろそろいいだろ」

とラスクが言い、ロディが頷いたのは、丸三日間走り続けたあとだった。

 この三日間の旅路のほとんどを自らの脚で走り続けたウィンは、流石に脚が疲れているのを感じて、ふくらはぎをとんとんと叩いた。乗馬は乗馬で疲れるが、山道を走り続けたウィンの脚ほどではないだろう。

 そう、ウィンは結局自分で走ったのだ。

 三日前に、拠点としていた岩蔭を発った時は、確かに一旦セディアとともに馬に跨った。しかし、セディアとの二人乗りは、あっさりと断念した。

 あまりにも、下手だったのである。

 どちらが悪いというより、相性の問題かも知れなかった。地図を見て道を拓くという先頭の特性ゆえかもしれない。急がなくてはいけないのに、と気持ちが焦れば焦るほど二人の呼吸が合わなくなり、苛立った馬に振り落とされかけたところでウィンが諦めて飛び降りた。


 大地に降り立ったウィンが少し気まずい思いで振り返って笑いかけると、セディアも馬上から苦笑いを返した。面目のなさにくすぐったさが混じったような、そんな笑み。

 その笑みに、ウィンはなんだか胸が温かくなった。背の温もりは離れたけれど、目を合わせて声を交わして道を拓き、こうして時折笑い合う方が、性に合っている。

 そう思いながら走るウィンは、かつての彼の笑い方が苦手だったことなど、綺麗さっぱり忘れてしまっていた。



 その日の夜は、久しぶりに火を焚いて温かい食事を取ることになった。早めに野営地を決め、水を汲み、薪になる木の枝を拾う。かつての分担に沿って各自の役割をこなしていると、ウィンはロディが自分を手招きしていることに気付いた。

 他の面々の様子をちらりと窺ってから、ロディに近付く。

「どうしたの?」

 小声で聞くと、ロディも声を低めて、

「俺が偵察に行っている間に、何があった?」

と尋ねた。

「何って?」

「あいつと、何があった?」

「あいつ?」

 ウィンはロディの質問の意図が分からない。

「なんであいつと、そんなに親しげにしているのか聞いている」

 ロディが苛立った表情を浮かべてそう口にした。

 あいつって、セディア?

 親しげというような間柄のつもりはない。というか、それを言うなら。

「それはロディの方でしょう?ラスクと何があったの?どうしてあんなに仲良くなってるの?」

「話をすり替えるな」

「私は別に前と変わらないでしょう。親しげにしてるつもりはないよ」

「そうか?それならなぜあいつの馬に乗った?後ろから刺されるかもしれないとは思わなかったのか?」

「刺される?セディアに?」

 そんな発想は洞窟を出た辺りに置いてきていた。脇腹の痛みと一緒に。

「俺とラスクの距離が縮まったように見えるのは、連携が上手くいくようになったからだ。俺たちはただ、お互いに益がある範囲で協力している、ただそれだけだ」

 そう言ったロディは、俺はあいつの馬に同乗しようとは思わないな、と続けた。

 分かるような分からないような。しかし、論破したという態度の兄に、ウィンは少しむくれた。

「じゃあ、ミトチカで騒ぎを起こしたのは?予定より遅れてまで。そんなに表に出る予定じゃなかったでしょ?」

 そう言ってから、ウィンは兄に一番聞きたかったことに思い当たった。

「あなたは、彼らにどうなってほしいの?」

 想定外の質問だったのか、ロディは少し考える素振りを見せた。そして、俯いたまま、

「この混乱の後、お嬢さんが、即位してくれるのが一番いいかもな、と思って」

 そう言って顔を上げると、

「ミトチカの騒ぎは、そのための情報収集だ」

と答えた。

 ウィンは、さっと顔から血の気が引くのが分かった。だって、それはつまり。

「それは、セディアを……?」

害するということ?

 最後まで口にすることはできなかった。そんなウィンの様子を見て、ロディは苦笑いを漏らす。

「死ななくてもいいさ。皇位を継げる状態じゃないと、皆が認めればいい」

「それってバンナ家と一緒じゃない。怪我をさせるってことでしょ」

「怪我じゃなくてもいいさ。他にもいろいろある」

「どうして、フローラがいいと思うの?」

 ウィンの問いに、ロディは空を仰いだ。濃紺に染まった空の片隅に、鮮やかな朱がしがみついている。まもなく夜がやってくる。

「俺たちが守った、憑座よりましの皇女だ。次期皇帝の彼女とのつながりを餌に」

彼はウィンを見据えた。

「俺は故郷くにに帰る」

お久しぶりになりました!また書いていきます!

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