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夢幻の書  作者: こばこ
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第十章「バンナ家」④

 沈黙を破ったのは、今回もラスクだった。

「だけど、バンナ家としては、あんたらを処分するのはなるべく避けたいらしいんだな。あんたは兵から、お嬢さんは民衆から人気がある。だから、できれば処分せず、やむを得ない形で皇位を辞退させたい。だから……」

 言葉を切ってラスクがセディアを見る。彼が言い淀んだ内容を、ロディが口にする。

「お前、バンナ家に見つかったら脚か腕を落とされるぞ」

 フローラが露骨に嫌な顔をした。

「お嬢さんもだ。誰が見ても『皇位に耐えられない身体』になってもらうんだよ」

 ロディが容赦なくフローラに現実を教える。

「で、それをラージ家の罪にするんだ」

とラスク。

「ラージ家は、ラズリー卿の身柄を捉えるために出兵し、あろうことか皇太子と皇女を巻き込んでしまった。そのせいで二人は負傷し、皇位には耐えられない身体になった。ラージ家の皇子皇女も、その責めを負って皇位にはつけない。では誰が皇位につくのか?」

 ロディの問いに、セディアがため息をつく。言うまでもなく、

「スクロスさん、そしてシュリだな」

「それがバンナ家の筋書きだ」

 ロディが、結論づけるように言った。


「国政の方は?王都はどうなっているんだ。キノ家もラージ家も権力をなくしてたら、公卿会議はバンナ家と少数派しか残らない」

「とりあえず、皇太子と皇女の保護が最優先課題だと、右大臣とスクロスさんが宣言を出したみたいだぜ。少数派やら東の一派の動きまでは分からなかったが」

 スクロスさん。さっきも出てきたその人の名前がやはり分からなくて、ウィンは首を傾げる。誰だろう?

 そんなウィンの様子を見て、

「右大臣はバンナ家の当主だ。で、スクロスは皇帝の弟。俺の叔父にあたる。皇位継承権第三位だ」

 セディアが解説してくれた。ありがとう、と頷いてみせる。

 キノ家、ラージ家、バンナ家。北ノ国の三代勢力を頭に思い浮かべ、その抗争に巻き込まれつつあることを嫌が応にも自覚する。



 しかし……。ウィンは納得できていなかった。尋ねようと口を開きかけたが、セディアが軽く手を上げて彼女を制してから、その疑問を口にした。

「なぜバンナ家の意図をそう考えた?街の聞き込みだけではそこまでの情報は得られないだろう?」

 ロディとラスクが、顔を見合わせてにやりと笑った。この二人、ほんと仲良くなってるなあ。ウィンは少し呆れ始めた。

「だから、騒ぎを起こしてきたのさ」

「騒ぎ」

 ロディの言葉を、セディアが反復する。ラスクは、

「あんたらに似たやつを見かけた、ってな。城兵にタレ込んだのさ。俺はシュリに顔が割れてるから、こいつがな」

 そう言って、親指を反らせて隣に座るロディを示した。

 今度こそ、ウィンは本気で驚いた。城兵に顔を晒したと言うのか。慎重で賢い兄の所業とは思えない。一体どういうつもりなのだろう。

 ウィンの表情を見て、ロディは、まあまあと言いたげに苦笑いした。そんな二人の様子を知ってか知らずか、ラスクが

「で、俺は相手の出方を陰から窺ってたんだが」

と続ける。

「まあ、面白かったぜ」

 そう言って、偵察組のふたりはくっくっと笑った。彼らに何が起こっていると言うのだろう。


「城兵に『皇太子と似た人を見かけた。自分は以前従軍した際にお顔を拝したことがある』って言ったんだよ。そしたら」

 言いながら、兄は小さく笑ってラスクを見た。ラスクは、

「ミトチカ兵は一人も連れて行ってもらえなくてな。なんとシュリ本人が城を出て確かめに行った」

 ロディが、

「シュリ皇子の親衛隊と思われる三十人ほどがあんたを『救い出し』に出かけた。ミトチカ兵は、あとでゆっくり来いってさ。その間こいつが城での会話を聞いてきた。で、俺が道中の会話を聞いていたんだ」

「城での会話を?」

 フローラが口を挟む。

「ミトチカ城は、王都ほど警護が厳しくないからな」

 潜入は簡単だった、と言った彼は心なしか自慢気だ。

 ロディが続ける。

「で、俺は案内してる途中で姿を消して身を隠した。そのあとはこいつが、シュリ皇子たちの様子を見てきたんだ」

 ラスクが、少しにやりと笑って、

「情報源に逃げられて、まあ怒ってたし怪しんでたな。なんせ期待が大きかった」

「そうして俺たちが見聞きしたことから、さっきの話が推測されるって訳だ」

 説明を受けても、フローラの眉は開かない。

「でも、怪しまれたんでしょう?近くに私たちが来ているって、知られてしまったんじゃないの?」

「ああ、本人もしくは手のものが近くに来ていると怪しまれたはずだ。だから、夜が明けたらすぐに出発する。明日は休憩なしで行けるとこまで行くぞ」


「今夜は?」

 久しぶりに口を開いたウィンのその声は、なんだか自分の声でないように聞こえた。

「え?」

「今夜は移動しないの?のんびり寝ている間にも、追手が迫っているんじゃないの?」

 ラスクは頷いて、

「それも考えた。考えたんだが、その方が危険だと思うんだ。月が出ていても樹々が茂っている森の中は真っ暗だし、足元も悪いからとても動けたもんじゃない。怪我をするのも怖い。だから、移動するとしたら、陽があるうちに森を出て、森の端を伝うように走るしかないんだが……」

「馬で飛ばすと、近くの村人に気付かれる恐れがあるな」

 セディアが考えながら言った。ラスクは今度は彼に頷きかける。

「ああ。それに、森を迂回する形になるから遠回りにもなる」

 ロディが、ラスクに補足するように、

「俺が、こいつらを見かけたと城兵に伝えた場所は、城から北西だ。つけられていなければ、すぐにここに来られるわけではないと思う」

 北西。ウィンたちがいる場所は城の北東だ。ミトチカは北ノ国の南端だから、まあ大雑把に言えば現在地の逆を言ってきたことになる。

「それらと、もし襲われた時に全力を出せるようある程度寝ておくことの重要性を考えると、今夜はここで過ごすのが最善だ。この周辺の地理も、だいたい理解できてるしな」

ぼちぼちと。

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