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夢幻の書  作者: こばこ
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第十章「バンナ家」②

 フローラの心地よい歌声にゆさぶられて寝付いた後、もともと寝不足だったウィンは夢も見ずぐっすりと眠っていた。

「ウィン、ウィン」

 なんだろう。もう少し眠っていたい。

「……ウィン?」

 気遣わしげに小さくなった声。この声は、

「ロディ!」

 兄のものだと気付いた途端、眠気が吹っ飛んだ。ああ、良かった。無事だったんだ。

「お待たせ」

 そう言った兄の顔は、多少の疲労の色はあるものの、いつもと変わらず優しくて。

「よかった、無事でよかった……!」

 涙が出そうになるのを堪えながら、身体を起こして兄に向き合った。その背後には、夕闇が広がっていた。いつもなら、拠点を決めて野営の準備を進めている頃間だ。

 と、だんだん思考を取り戻してきた頭が疑問を呈する。

「ラスクは?」

「大丈夫。二人とも怪我もない」

 良かった。ウィンはほっと胸を撫で下ろしたが、反対にロディは険しい顔になった。

「そういう意味では大丈夫だが、ある意味では大丈夫じゃなくてな。今から作戦会議だ」



 六人がぐるりと輪になった。火はすでに消されていて、警戒を強める必要がある事態であることを物語っていた。うっすらと影が落ちて見づらくなった他の面々の顔を見渡してから、ラスクが口を開いた。

「結論から言う。天領には行かない。明日夜が明けたらすぐにここを発って、北に向かう」

 留守番をしていた四人は一様に驚く。

 せっかくここまで南下してきたのに?

 ウィンは、思わずセディアとフローラと顔を見合わせる。その疑問は分かっているというように、ラスクが彼女たちを見て頷いた。

「事態は俺たちが予想していたよりずっとやばかった。天領は……バンナ家は、こいつらの味方にはなり得ない。むしろ敵だ。なるべく早く、ここから離れた方がいい」 

 ラスクが言い終わり、残る四人にその言葉が染み込むのを待って、ロディが、

「今夜の見張りは?」

と尋ねた。

「俺たちだ」

 セディアが、自分とウィンを示しながら答えた。ロディは彼の言葉に頷くと、巫女に向き合って、

「シルヴィー、途中まででもいい。一緒に起きていることはできるか?」

「はい。一晩中でも」

「本当に?それで明日の日中、戦力になるか?」

 戦力。場の空気が引き締まったのが分かった。

「はい。昨日一昨日と、ゆっくりしましたから」 

 シルヴィーはあくまで穏やかに答える。

「それなら、シルヴィーには一晩見張りを頼む。お前たちは」

 ロディは隣のウィンと、その向かいのセディアを交互に見る。

「途中交代で、半分ずつ寝ろ。俺とこいつは一晩寝させてもらう。明日もしものことがあったときに、全員が全力で戦えるようにしたい」


 全員が全力で戦うことが必要な事態が想定されるのか。それはつまり、

「あっちでバレたのか?」

 ウィンの思考を継ぐように、セディアが尋ねた。彼に責めている様子はなく、事実確認と言った口調だ。その仕草から、表情から、彼は今、素早く頭脳を回転させているのだろうと、ウィンは思った。

「バレてはない、と思う。つけられてもいないはずだが……」

 ラスクはそう言って同意を求めるようにロディを見た。ロディと頷き合ってから、ラスクは続ける。

「騒ぎを起こしてきた」

「騒ぎ?」

 この会話が始まって初めて、セディアの表情が曇った。ラスクを庇うように、今度はロディが口を開く。

「あちらがどう出るか、知りたくてな。危ない橋だったが、やっただけのことはあったと思ってる」

 そう言ってラスクとにやりと笑い合う。ウィンが困惑していると、セディアと目が合った。自分も同じ気持ちだと、彼は小さく肩をすくめて伝えてきた。

 騒ぎを起こしてきた?危ない橋を渡って?慎重な兄の行動とは思えない。ロディは一体どうしたのだろう?


「まず、俺たちは天領てんりょうに向かった。思ったより早く着いて城門が開いていない時間だったから、近くの林に馬を隠して交代で仮眠を取った」

 ロディは、留守番組の顔を順々に見ながら語った。

「そして、門が開くのを待って、城内に入った。もちろんこいつとは別行動でな。

 昼過ぎに、密かに接触して情報交換をして、その後の予定を決めるつもりだった。もともとは、夕方にはこいつが城主のところに行くつもりだったからな。だが、昼を待つまでもなく、街の様子がおかしいと思った」

「おかしい……?」

 フローラがつぶやいた。ロディは頷いて、彼女に向き合う。

「街全体がな、あんたたちの行方を心配していた。しすぎていた。チクシーカでの襲撃についても、街中が詳しすぎた。最初は、栄光の地だからかと思ったんだが」

 そう言ってロディはラスクに視線を送る。ラスクが続きを引き取って、

「それにしてもおかしかった。一刻も早くお二人を見つけなければ、と丁稚でっち奉公の子どもまでが言っていた」

「それは、どういうこと?」

フローラが困惑を浮かべてロディとラスクを見る。今度はロディが、

「つまり、誰かが……恐らく城兵が、積極的にチクシーカの事件の情報を流して市民の関心と不安を煽り、あんたたちを見つけるよう仕向けたってことだ」

「なんのために?」

 フローラの投げかけた問いに答えたのは、しばらく俯いて手を顎に当ていたセディアだった。

「……他の勢力より早く、俺たちを手中に収めるために」

顔を上げた彼の瞳は鋭く光っていた。

「そうだな?」

ロディとラスクは、どこか満足気に頷いた。

「俺たちもそう感じた」

ラスクが応じる。

「そして、街で情報を集めるうちに、その理由が分かった。幸い、街中があんたらのことを噂していたからな。普通に歩いているだけでも、かなりの情報が集まった。まず、あの日の襲撃がどう話されていたか」

 そして、ロディが、居住まいを正して言った。

「結論から言うと、ラージ家は墓穴を掘った。あの襲撃は失敗だ」


 ロディとラスクが完璧な台詞の掛け合いで事態を説明してゆくのを、ウィンは妙な気持ちで見つめていた。なんだかこの偵察の間に、彼らはずいぶん意気投合したみたいだ。兄が気を許すなんて、珍しいこともあるものだ。

お久しぶりでした。

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