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夢幻の書  作者: こばこ
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第九章「ふたりの夜」④

「じゃあ、行ってくる」

 ロディがそう言ってウィンの頭を撫でる。

 うん、と答えて背の高い兄を見上げると、優しくも厳しい目が彼女を見つめていた。兄はその目を残りの面々に向け、

「分かってるな。予定通り物事が進めば、帰ってくるのは明後日の朝だ。あっちの状況によっては、遅くなることもあるかもしれない。しかし、予定より丸二日帰りが遅れたら……四日後の朝までに俺たちが帰ってこなければ」

 帰ってこなければ。そんなことは考えたくないウィンは黙り込む。代わりに、ラスクが続けた。

「捕まったか殺されたかだ。あんたたちは俺たちを見捨てろ。天領は危険だと判断して、キノ家領を目指せ」

「分かってる」

 セディアが、静かに返事をした。


 兄は再度、ウィンに向き合い、その肩に手をのせた。子どもに言い聞かせるような口調で、

「ウィン。やばいと思ったら、自分の身を守れ。逃げろ。自分一人なら逃げ切れるだろ。あいつらを守って自分がやられるのは避けろよ」

「……うん」

「俺は危ないことはしない。必ず帰ってくるから、お前も危ないことはするな」

「……うん」

「こいつら、こんなこと言ってるから、あんたがしっかりしろよ」

 ラスクが親指を立てて背後のウィン兄妹を示しながら、セディアに言う。

 ラスクは、どこに持っていたのか、つけ毛を装着していつもの短髪ではなくなっていた。自身の髪で作ったつけ毛なのか、彼の赤みがかった茶色の髪に馴染んでいて、彼から受ける印象を普段とは違うものにしていた。

「ああ」

 セディアは、先ほどから他人事のように淡々と返事をしている。そして、

「お前も、しっかりな」

 セディアのその言葉に頷いたラスクは、くるりと振り向いてシルヴィーに向き合った。そして、

「お嬢さんを、頼んだ」

と、真剣な眼差しをシルヴィーに向けた。

「……はい」

 シルヴィーは少し驚いたように目を見張ってから、そう答えて頭を下げた。

 そんな二人のやり取りを、ウィンは複雑な気持ちで見ていた。


セディアと比べればマシだったとはいえ、シルヴィーのことを『役に立つ巫女』として、駒として、扱ってきたラスクがこんな風にシルヴィーに頼み事をするのは、彼女を頼りにしている証とも、今回の偵察の間がそれだけ危険だとも取れた。また、好まざる相手に頼むほど、ラスクがフローラの身を案じているのだ、とも。

 でも、やはり都合良く彼女を使っているとの思いは拭えない。

と、ラスクがすっとシルヴィーに身体を寄せた。

「それから……」

 言葉を探すように目線を泳がせてから、

「できれば、あいつのことも守ってやってくれないか」

と、目でセディアを示した。

 シルヴィーはさらに驚いた顔をしてから、また静かに、

「わかりました」

と答えた。ウィンがそんな彼女を見つめていると、シルヴィーとの会話を終えたラスクが、今度はウィンの方に歩み寄ってきた。


「……ウィン」

 ウィンは驚いてその場に固まってしまった。ラスクに名を呼ばれるのは初めてだ。というか、ラスクがセディア以外の名を呼ぶこと自体、初めて聞いた。

「あんたに、命をかけてくれとは言わない。だけど……」

 ラスクは言いにくそうに眉を寄せた。

 彼なりに、それぞれの相手に誠意を示そうとしているのかもしれない。大切な人を置いていかねばならない、彼の気持ちは分かる。

 ウィンが薄く笑って、

「分かってるよ」

と答えると、ラスクは弱々しく笑った。

 その笑みを見てふと、彼は彼自身も駒として見ているのではないかと、ウィンは感じた。皇太子セディアと皇女フローラを、守るための駒。

 それなら、なんだか、切ないな。


 別れは済ませたとばかりに、ロディとラスクは馬に跨った。

「じゃあ、行ってくる」

 改めてそう言うと、兄は安心させるようにウィンに笑いかけ、そして馬を駆った。



 四人だけの、夜がやってきた。

 張り出した岩の下にフローラとシルヴィーが眠り、岩の上でウィンとセディアが背中合わせで見張りをする。半月よりは少し膨らんだ月が落とす柔らかな光が、木々の間からこぼれていた。

 背後のセディアがすっと立ち上がり、少し歩いて息を整えてから、ゆるやかに体術の型をなぞる。見張りの時は、身体が固まらないように、そしていざというときに動けるように、時々こうやって身体を動かすのが恒例になっていた。ウィンは特に振り向くこともせず、眼前の樹々と闇を見つめていた。

 と、背中に視線を感じた。


 振り向くと、セディアが彼女をじっと見つめているのだった。振り向いてもなおそのままに注がれる視線に、ウィンは、『何?』と首を傾げてみせた。彼はそれには答えず、少し眉を顰めた表情のまま、彼女を見つめ続ける。

 私が気付いていないだけで、何か危険が迫っているのだろうか?そう思って、ウィンは気配を探るために大地に両手を触れる。が、人らしきものが動く気配はなかった。

 地面に両手をついた体勢のままセディアを見上げると、彼は少し笑いを含んだ表情で『違う違う』と首を振った。

 そして、ぎりぎり服が触れないくらい、ほんのりと体温を感じるか感じないかの距離に、腰を下ろした。

「不安か?」

 背中合わせよりは少し身体をずらした、振り向くと目が合うくらいの位置。でも振り向きはせず前方の樹々を見つめて、セディアが尋ねた。

やっと「ふたりの夜」になってきました!

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