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夢幻の書  作者: こばこ
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第九章「ふたりの夜」③

「おい」

 セディアが荷物と毛布で簡単な寝床を用意していると、ロディが声をかけてきた。思いがけない相手からの呼びかけに、表情には出さないまでも、セディアは驚いた。

「なんだ」

 答えた彼を、ロディが手招きする。

 食事の後片付けをするラスクやウィンが気付いていないはずもなかろうが、特に咎められないままロディに木の影に連れ込まれた。焚き火から離れると、視界はぐっと悪くなる。

「なんだよ?」

 ロディの様子に合わせて、声を潜めて尋ねる。こいつとこんな風に二人で話すのは、初めてなんじゃないだろうか。

 ロディは言いにくそうに視線を彷徨わせていたが、心を決めたようにセディアを睨みつけると、低い声で、

「俺がいない間に、ウィンに手を出すなよ」

と告げた。だくと言われるまで退かないと、その鋭い瞳が告げていた。

 今更、俺が彼女を害すると言うのか?洞窟でこいつは何を聞いていたんだ?

「あんたたちに危害を加えない、って言ったろう?」

 不服な思いが声に滲んだ。だが、ロディは首を振る。

「そうじゃなくて」

 そうじゃない?危害を加えるとは思っていないと言うことか。セディアは、ロディの台詞を脳内で復唱する。

『ウィンに手を出すなよ』

と、彼の言わんとしていることに気付いた。


「あっははは!なるほどな!」

 つい声に出して笑ってしまった。

 それはない、万に一つもない。

「そうか、そうだな、妹だもんな」

 すっかり忘れていたが、ウィンはロディの妹なのである。つまり、女の子として、他所よその男と残していって、何かあっては困るということか。

 考えたこともない可能性を真剣に心配されていることが、無性におかしくて、ははは!とまた声が出た。

 森に響くような大声は出していないけれど、それでも木陰からは漏れ出していたらしく、火の周りにいる面々が訝しげにこちらを窺う。

 ロディは苦々しい顔をして、笑い続けるセディアを見ていたが、

「笑っとけ笑っとけ。それくらいの方が安心だ」

 そして手をひらひらさせて話は終わりだと告げた。セディアは笑い過ぎた後の呼吸を整えるように、はー、と大きく息をついて、

「ああ、大丈夫だ。その心配はない。まずない。安心して行ってこい」

 そして、なおも堪えきれないというように、くくっ、と笑い声を追加した。すると、

「笑いすぎだ」

とロディがさすがに腹を立てた様子で睨む。

「笑っとけって言ったのはあんただろ」

「ふん」


 二人して木陰を出て、焚き火の近くに戻る。

 ウィンがロディに、どうしたの、と尋ねるのが聞こえた。

「なんでもない」

 そう告げてウィンを見るロディの横顔は慈愛に満ちていて、なるほどなあと、セディアは笑いを引っ込めた。

「ねえ、どうしたの?」

 そう尋ねてきたのは自身の妹だ。

「久しぶりに、心から笑ったよ」

 セディアがそう言うと、フローラはよく分からないという顔をして首を傾げた。

 ずっと守ってきた可愛い妹。

 俺にとってのフローラがそうであるように、あいつにとってのウィンも、愛しい守るべき存在なのだろう。

 その手に武器を握っていようと、女神から与えられた力があろうと、それは変わらないものなのだ。

 同じ、妹を持つ兄として、ロディの気持ちが少しは分かる気がした。



 翌日、馬を走らせて一刻ほど経った頃に、先頭を行くウィンが拠点にほどよい場所をみつけた。山の中に平な一帯があり、その一方向が急な斜面になっている。そこに、ちょうど屋根のように平たい岩が張り出していた。岩はがっしりしていて、その上に乗れば前後左右視界がきくし、岩の下で雨風を凌げるし、文句なしだった。

 偵察隊のロディとラスクが細かな打ち合わせをするのを、残りの面々は彼らを囲んで聞いていた。


 上手くいけば、明日の夜には無事にミトチカ城に入城しているかもしれない。それはつまり、セディアやフローラとこうして野宿をするのは今日が最後かもしれないということだ。たとえ憑座仲間と言っても、命を助けたと言っても、城に入ってしまえば今までのようにずけずけと好きなように話すわけにはいくまい。というか、自分たちは一緒に入城しない可能性だってあるのだ。

 そう思うと、ウィンの心は妙にざわついた。

 そもそも、皇太子と皇女と、こんな風に過ごすこと自体が普通ではない。一緒になって追手に追われて、死にかけたりもした。だけど、ウィンはこの生活を――この六人での明日をもしれぬ旅を、心のどこかで楽しんでいた。

 とはいえ、誰のためにも、明日平和に入城できるのが良いに決まっている。せめてこの時間を心に刻んでおこうと、ウィンは話し合い頷き合うみんなの横顔をひとりひとり見つめていくのだった。

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