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夢幻の書  作者: こばこ
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第九章「ふたりの夜」①

 簡単に腹ごしらえをして、日が中天にかかる頃に洞窟に別れを告げた。

 坑道から襲撃まで移動した時と同じように、先頭をウィンが走り、単騎のセディア、二人乗りのフローラ・ラスク、シルヴィー・ロディの順で続いた。

 大地の力とはすごいもので、あれだけ苦しんだのにウィンの身体の調子はすっかり元に戻っていた。数日前と同じように、軽快に走る。それぞれが自分のすべきことに慣れたようで、ウィンがかなり速度を上げて走っても、後ろの騎馬たちはついてきていた。

 ウィンにとって坑道からの旅路と違うのは、むしろ心持ちの方だった。ウィンの頭には、もう後ろから矢が飛んでくる可能性は思い浮かばなかった。

 そして、ただただ気詰まりだった休憩時間は、セディアが何かと憑座よりましや女神についてウィンとフローラを質問攻めにする時間に変わった。時には、その場で砂状化や跳躍をやってみせた。彼は移動中に道を指示しつつも戦闘時の戦い方について考えているようで、こんな場合はどうするんだ、連携はできるのか、などと段々と質問が具体的になっていった。


 そして、六人の旅路には、他にも変化があった。

 ひとつは、旅を続けるうちに何となく六人の役割分担が決まってきたことだ。


 セディアが道を指示し、ウィンが走りやすいところを選んで先頭を駆ける。残りの四人は、それに従う。

 水場があり、可能なら食べられる木の実やきのこが取れそうなところで、休憩を取る。

 自分の脚で走り詰めのウィンと、旅に慣れていないフローラは身体を休め、その傍でセディアは彼女らに憑座について説明を求める。あるいは、地図とその他の資料を見比べて今後進むべき方向を確認する。シルヴィーは、周囲の木々に触れて回ってから(恐らく見張りの協力を依頼しているのだろう)、食料になりそうなものを集めに行く。ラスクは、自分の分とセディア、フローラ、シルヴィーの竹筒を集めて、水を汲みに行く。さすがに飲み水までラスクに託す気にならないロディは、彼と入れ違いに立ち上がって自分とウィンの分の水を汲む。

 特に言い交わしてはいないが、ラスクかロディか、どちらかがフローラの近くにいて護衛をする形を取っているようだった。

 ラスクは、セディアとロディを決して二人きりにはしなかったが、フローラの護衛という意味では、ロディをある程度信用することにしたようだった。


 そんな役割分担にも慣れた洞窟を出てから三日目の昼の休憩時、ウィンは今回はセディアは何を聞いてくるのだろうと思いながら倒木に腰掛けて脚を休めていた。

 秋も深まりつつあり、周囲の木々は種類によってはほんのりと色付いているものもある。足元に、どんぐりがたくさん落ちていた。

 隣ではフローラがぼんやりと足元を見つめていた。温室育ちのお嬢様は、最初のうちこそ倒木や岩に腰掛けることを躊躇っていたけれど、もうすっかり慣れた様子だ。

 喉が渇いたな、ロディはまだかなと思って顔を上げると、水を汲みにいっていたラスクが戻ってきた。竹筒を、持ち主に配って回る。そして、配り終わったラスクを、セディアが手招きしたのが見えた。

 ロディはそれを知ってか知らずか、いつも通り自分たちの水を汲みに行く。

 セディアは今回はウィンやフローラには近付かず、真剣な表情でラスクと小声で話している。

 何か、あったのだろうか。

 あるいは……

 ウィンはこの三日間の旅路を思う。

 目的地が近いのかもしれない。栄光の地であり因縁の地でもある、ミトチカが。



 夕暮れが迫ると、なるべく雨風あめかぜを凌げる場所を探して野営の準備を始める。洞窟や打ち捨てられた炭焼き小屋があれば御の字だし、なければ適当な場所に天幕を張る。幸い洞窟を出て以来、本格的な雨には降られていなかった。

 この夜は、片方が小川になっている小さな広場で野営をすることになった。

 初日に比べかなり南下してきているようで、この辺りは炭焼きに適した樹木が多い。夜通し火を焚く炭焼き小屋も珍しくないから、野営で火を焚いてもそれらの煙に紛れ、敵に居場所を気取られる心配は少なかった。


 馬から降りると、これまたそれぞれの役割に沿って六人は動き出す。休憩の時は休んでいたウィンやフローラも、野営の際はそれぞれの役目を果たす。

 ラスクは水を汲みに行き、ロディは馬から荷物を下ろす。フローラは焚き火の支度をし、シルヴィーは周囲を確認する。そして、セディアとウィンは、薪にする枯れ枝を集めに行く。

 今夜の見張りは、シルヴィーである。

 こちらも何となく、見張りの当番が決まりつつあった。『森の中なら二日に一度眠れば大丈夫』とのシルヴィーの言葉に完全に甘え、二晩に一回はシルヴィー、その間を、フローラを除く四人が交代で受け持つことになった。四人は、二人一組となり、背中合わせで一晩中周囲を見張る。空が白み、寝ていた四人が起き出すと、朝食の支度を任せて仮眠を取る。

 この数日で、そんな暗黙の了解ができていた。


 襲撃をいち早く察知したことで、セディアとラスクはシルヴィーの見張りとしての能力を認めたらしく、彼女に見張りを任せて眠ることにしたようだった。

 これが二つ目の六人の旅路での変化で、相変わらず話しかけたり名前を呼んだりはしないまでも、彼らはシルヴィーの巫女としての能力を認めて頼りにし始めていた。


 唯一いまだにお互いを警戒し合っているのは、ロディとラスクで、気を許さないからこそかえって考えることが似るらしく、この二人がついになって動くことが多かった。

 水汲み然り、見張り然り。

 一方、ロディとセディアの間柄は、事情を知るウィンから見ると警戒というより好き嫌いに近いような気がするのだが、ある意味では最も距離を置いている二人だった。

 そして必然的に、ウィンはセディアかフローラと組むことが多くなる。元よりフローラとシルヴィーは彼女を信用していたし、セディアの命を助けたことでセディア本人だけでなくラスクもかなり信を置いているようだった。北ノ国の皇太子と皇女と、こんな風に時間を過ごすなんて、考えたこともなかった。


 そんなこんなで、この旅にも慣れてきたなと思いながら夕食の茸汁の最後の一口を啜っていた時に、先に食べ終えたセディアが口を開いた。


「天領に、近づいてきた」

不定期更新ですが、第九章よろしくお願いします!

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