第九章「嘘」②
「あとは」またセディアの表情が少し曇った。
「伯父上やトロべたちが、どうなったか次第だ」
彼らを逃し、『まだやることがある』と邸に残ったラズリー卿と、王都にいるだろうその親族のことを思った。彼は、何をやろうとしたのだろう。
ウィンの疑問を読んだかのように、セディアは続けた。
「伯父上が残ったのは、恐らくなるべく情報を引き出すため、そして俺たちが早々に脱出したことに気付かせないよう時間を稼ぐためだ」
「残ったということは、生き残る勝算があったということだ。あの坑道を使うのか、他に脱出路があるのかは分からないが、逃げられると思っていたんだろうし、十中八九、伯父上は無事だろう。しかし、もし王都の一族がラージ家に捕らえられて人質にされたら、いつまでも潜んでいるわけにはいかなくなる」
「その辺の情報がほしいな」
ロディの言葉に、セディアがうなずく。
「天領に近付いたら、乗り込む前にまずその辺りについて探りを入れるつもりだ。王都の状況、伯父上や一族の所在、その他勢力の動き。それが分かってから、身を寄せるか判断する」
二人の間に穏やかな沈黙が降りた。それの意味するところは合意なのだろう。
ウィンは、頃合いを見計らってその沈黙を破った。
「ね、夜の襲撃についてはどうなの?刃先に毒を塗っていたくらいだから、彼らは明らかに殺意を持って来ていたよね」
セディアは、ウィンの方を向いてうなずく。
「ああ。奴らは、俺とフローラが行動を共にしていると踏んで、最初から殺すつもりで来ている。あれも、恐らくはラージ家だろう。オニキス直下の、闇の者がいるという話は聞いたことがある」
「じゃああなたは、誰か裏切った人が、ラージ家に情報を渡して、ラージ家があなたたちを害しに来ていると考えている?」
「はっきりとは言えないな。誰か一人二人が裏切ったのかもしれないし、考えづらいがどこかの勢力が……例えばココシティの商人たちが、丸ごと寝返った可能性もゼロじゃないと思ってる」
「なるほど」
ウィンは、セディアの言ったことについてしばし考える。誰かが彼らを裏切ったことは間違いない。そして、裏切り者がラージ家に通じていることも、狙いが皇位であることも、ほぼ間違いないだろう。
でも誰が?どうやって?
そこまで考えて、ウィンは首を振った。
やめた。それは彼女が考えることではない。考えるにしても、情報が少なすぎる。彼女は、セディアたちのことも、周りの人物についても、ほとんど知らないのだから。
彼の言う通り、天領……ミトチカに近付いて、探りを入れるのが一番いいだろう。どこまでの情報が掴めるか分からないけれど、他にできることは思いつかない。
*
「さて、俺から話すことはこのくらいだ。何か質問は?」
セディアの問いに、ウィンとロディは揃って首を振った。もらうべき情報はもらった。
「じゃあ、今度はこっちの番だ。さっき話した通り、女神や憑座について理解することは、俺にとって利益になると思っている。どのみちしばらくあんたたちとは離れられないんだから、理解してお互いに協力する方が、あんたたちの益にもなる。話してくれ」
ウィンはそっとフローラを見た。フローラも、彼女を見ている。誰の口から、何から話そうか。すると、
「俺から話そう」
とロディが姿勢を正して言った。
思わぬ発言だったのだろう。セディアが怪訝な顔をする。そんな彼に、ロディは涼しい顔で告げた。
「ウィンから話してもいいんだが、本人が話すよりあんたと同じ立場の俺の認識を話す方が客観的で理解しやすいだろ。俺の話は、俺から見たウィンと大地の女神の話が中心になる。不足があると思ったら、あんたらが」
言葉を切って、兄はフローラとシルヴィーを見た。
「補足してくれ」
二人は、納得したようで揃ってうなずいたが、ウィンは少し面白くない。
だって、信用されてない。
たぶん、ロディはウィンが話すと喋りすぎると思っているのだ。ロディの思う、『話さなくていいこと』まで話すと思っているのだ。
面白くはないが、坑道を出てすぐセディアに食ってかかったことや、彼を庇って斬られたことを考えると、兄の気持ちも分からなくはないから、ウィンは黙って頷いた。
次回更新は9/4(土)の予定です。