第九章「嘘」①
ソリス教に反発している、三女神を信仰している勢力。ウィンとフローラを餌に、信者を味方につけようということか。
都合良く利用されるのはごめんだが、それ以前に彼は、ソリス教の次期教主である。その辺はどう振る舞うつもりなのだろう。
もちろん、ウィンはその疑問については口に出さない。
セディアの話がひと段落したのを受けて、ロディが口を開いた。
「ココシティでお嬢さんを襲った奴らや、夜の襲撃に、心当たりはあるのか?」
セディアの表情が少し曇る。
「あると言えば、ある。ないと言えばない。」
謎かけのようだ。この人はしばしばこういう言い方をする。
「ラスクから聞いた話では、あちらはフローラを誘拐しようとしていたらしい。その場で殺そうとはしていなかった。ということは、以前話したように俺とフローラ、二人ともが邪魔な人間の仕業だと考えた方が筋が通る。となると、やはりラージ家の関係者かと思うのだが、ラージ家の人間がなぜあそこでフローラを襲撃できたのかという疑問が残る」
「情報が漏れていた?」
ロディの問いに、セディアは頷いた。
「そもそも、お嬢さんはなんであんなところにいたんだ?」
フローラが口を開きかけたのを、セディアが手で制した。
「詳しくは言えない。だが、あんたたちも察していると思うが、王都から別の場所に移動しようとしていた。その道中に襲われたんだ」
フローラが頷く。
「味方勢力の協力を得て移動しようとしていた?」
ロディが重ねて問う。
「ああ。必要最低限の人間が、今回の計画を動かしていた。俺と運命共同体の、密接に関わりのある人間ばかりだ。もちろん、直接的でなく、間接的に計画に関わる人間には、いろんな人間がいる。キューイに雇われるはずだったあんたたちみたいにな」
「その計画が、どこかから敵方に漏れていて、お嬢さんが襲われた……」
「ああ。フローラが約束の時間になってもキューイの元に到着していないことを知った俺は、密かに王都を出て緊急時の合流先である伯父上の別邸に向かった。そしてそのことも、どこかから漏れていた」
「別邸がラージ家に襲撃されたんだもんな。しかも国軍を動かして、公式に」
「あの時点で国軍が到着するためには、俺が王都を出てすぐに公卿会議を開かないと計算が合わない。事前にこうなることを予想して、準備をしていたんだろう。こちらの計画について、かなり詳細に掴まれていたんだ」
「事前の計画を知っていたのは誰なんだ?」
「それは……」
セディアはふと我に帰ったようにロディの顔をじっと見た。
「それは、言えない」
ウィンには、ちっ、というロディの舌打ちが聞こえるようだった。セディアは気を取り直すように頭を振って続ける。
「本当に怖いのは、ラージ家じゃない。味方だと思っていた勢力に背かれることだ。誰かが意図的に裏切ったのか、敵方の間者に入り込まれてしまったのか。どちらなのかが重要だ」
「だがどちらにしても、あんたの味方だったはずの勢力を信用できなくなったな」
「味方だけが、味方ではない」
また謎かけだ。しかし、今回はすぐに謎解きがあった。
「中立勢力も、利害が一致すれば味方になる。ラージ家の勢力をこれ以上拡大させたくないのは、どの家も同じはずだ」
「天領を管理している家も?」
ロディの鋭い問いに、セディアは力強く頷く。こんな時なのに、話し合う二人はどこか楽しんでいるように見えた。張り合いのある議論。打てば響く相手。
「天領を管理しているのは、第三勢力のバンナ家の皇子だ。皇子と言っても父上の子ではなく、父上の妹の長男、シュリだ。俺の従兄にあたる」
思いがけず詳しい情報が与えられたことにウィンは驚いた。でも、確かにこれは調べさえすれば分かる事実だ。腹を割って話す場で、隠し立てする中身でもないのだろう。
「バンナ家は、キノ家と同じく古くからトリス家に仕えてきた家柄だ。新参で強硬派のラージ家とは対立関係にある。キノ家とそれほど親密な間柄ではないが、敵の敵は味方って訳だ」
「じゃああんたは、天領に着いたらバンナ家の勢力に匿ってもらえると踏んでる訳だな?」
「確実とは言わないけどな。十中八九、受け入れてもらえるだろう。襲撃の証拠である俺たちを手中に収め、ラージ家を追い落とすことができるかもしれない。オニキスが言ってた、伯父上の反逆の証拠ってのがどれほどのものかにもよるけどな」
そういえば、ラージ・オニキスが襲撃の際に証拠があると言っていた。
ウィンは、オニキスの朗々とした声を思い出す。
『我々は貴殿が皇帝陛下を暗殺せんとした旨の証言を得た』
『証言に基づき捜査を行った結果、物的証拠も見つかった』
次回投稿は9/1(水)の予定です。




