第八章「皇太子セディアの長い話」⑥
「この大きな流れの中で、いかに文化交流に寛容とはいえ、北ノ国国内では当然反発が出た。特に、長年三女神を信仰してきたヒヅル民の多い地域からはな。
一方、ソリス教導入に積極的だったのが、当時中流貴族だったラージ家……まあ当時は違う名前だったんだが、今のラージ家に繋がる一族だ。ソリス教を国教にする活動に奔走し、反対勢力を抑圧し、その成功とともに教主に次ぐ存在として権力を拡大した。ソリス教司祭の家柄ってわけだ。
この百年で勢力を拡大した彼らは皇族に近付き、先代帝、今上帝とは婚姻関係も結んでいる。まだ、ラージ家の血を引いた皇帝は誕生していないが、このままだと時間の問題だろう。このラージ家が、俺たちの最たる『敵』だ。なぜ敵かは追って話す。
先に俺たちの味方について。俺たちの母親は、キノ家の出だ。あんたたちも会ったラズリー卿の、姉だ」
「姉なの?」
口をついて疑問が飛び出した。妹かと思っていた。
「いい質問だな」
セディアはひとつ頷いて、
「確かに普通は長子が家を継いで、第二子以降が婚姻関係を結ぶんだが、キノ家は柔軟でね。母は、キノ家を切り盛りするより、皇帝を内から支える方が向いていた。一方の伯父上は家長としての才があった。それに、皇位が女帝ではなく男帝だったから、姻戚関係を持つにも、伯父上が家を継いで、母上が嫁ぐ方が適していたんだ」
「そのキノ家は、春日国の時代から、トリス家に仕えていた。筆頭家老の家柄だ。古くは内政に関することを取り仕切った。ま、伝統的な名門ってことだ。
伯父上は公卿会議の議長だし、長男のトロべも会議の一員だ。皇后の弟で皇太子の伯父でもある彼が当主で、キノ家の勢力は、本来安泰なはずだった。
しかし、十三年前に母が若くして亡くなってしまった。その後、皇后には、もともと第二妃だったラージ家の妃が立った。ここから権力闘争がややこしくなる。
当然、皇后を輩出したラージ家の権力は増す。それ以前から第二勢力だった上に、ラージ家の皇后には子どもがいたから尚更だ。
もともと、北ノ国は、皇位争いを避けるために、明確に皇位継承権が定められている。能力を問わず、皇帝の子どもで、十四歳を超えた者から継承権が発生する。皇帝が男性の場合は、皇后、つまり第一皇妃の子が優先される。次いで第二妃の子、第三妃の子と続く。女帝の場合は少し変わるが、今回は関係ないから省略しよう。
皇后が死去し、入れ替わった場合でも、皇后の子として最初に産まれた子が皇位継承権第一位だ。しかし、このガチガチに固められた皇位継承順位が、立太子の時点の現実の権力と一致しない場合が出てくる。今回みたいにな。
母を失った俺と、新たな皇后の子。権力関係で言うと、異母妹の方に分がある。本人の実力は……あちらもかなり優秀だ」
その言い草に、ウィンは吹き出しそうになるのを慌てて飲み込んだ。負けてるとは思ってないその口振りに、彼の自尊心の高さがあからさまに表れていた。
「彼らは、ラージ家の血を引いた子を皇位につけたい。そのためには、俺とフローラが邪魔だ。生きている限り、俺たちの方が皇位継承権が上だから。だから、敵だ」
「詳細は省くが、今、政治を動かす公卿会議ではラージ家が最大勢力だ。なんせ皇后と左大臣がラージ家の者だからな。次いで議長である宰相を擁するキノ家と、右大臣のバンナ家。この三家が主要勢力で、他に少数勢力がいるが単独で何か事を起こす力はない。
ただ、公卿会議では遅れをとっているが、キノ家は、というか俺は、ココシティの商人勢力と、東の一派との繋がりが強い。これが、ラージ家にはない俺たちの強みだ。東の一派というのは、春日国を併呑した際に、北ノ国に交流のために差し出された跡継ぎ、まあ早く言えば人質なんだが、彼を中心にする勢力だ」
そう言った時に、セディアの目が初めて彼女たちを離れ、ちらりと妹に走ったことにウィンは気付いた。
春日国に、フローラが何か関係するのだろうか?
「彼らは北ノ国の政治には関与できないが、その背後には春日国がある。併呑したとは言え、油断はできないだけの力がある。彼と、最も近しい関係にあるのは俺たちだ。
一方で、ラージ家は北ノ国の主要都市にある各教会に強い繋がりを持っている。この勢力は馬鹿にできない。教会を押さえているということは、信者を押さえているということだ」
「つまり、敵はラージ家と教会勢力。味方は、キノ家とココシティと東の一派。そして」
彼は言葉を切って、ウィンとフローラを順番に見た。
「もしかしたら、ソリス教に反発している、三女神信仰を捨てていない勢力も」
次回投稿は8/28(土)の予定です。