第一章「海の憑座」③
「ロディ、円形砂状!」
ウィンがそう言うとロディは頷いて、敵から少し距離を取った。刺客二人がそちらに注意を向ける。彼らの間に小さい空間ができた。ウィンは一気に馬を駆って残り二人の刺客を躱し、その空間目掛けて馬から飛び降りた。彼女は音もなく着地し、両手のひらを大地にぐっと押し付けた。
と、刺客たちが急に何かに足を取られたようにつんのめった。外側からは心得ていたロディが、内側からは立ち上がったウィンが、次々と彼らを屠る。体勢を立て直そうともがいても、彼らの足元は安定を失っていて、立ち上がることすらままならない。
あっという間に、彼女らと相対していた刺客はすべて地に伏した。
その事態に、クスノキに向かっていた残りの刺客らに動揺が走る。これで三対四。
「回復完了!」
そう言うと、ウィンはロディと共に残る刺客たちに向き合った。一人がその場を脱しようと試みる。しかしウィンがあっと思った時には、その刺客は何かに足元を取られて転び、鳥たちの集中攻撃に合っていた。
誰が刺客の足を捉えたのだろう?
しかし、その疑問を深掘りする暇はない。
短髪の少年が、守りを完全にクスノキに任せて根本から飛び出してきて、刺客に向き合った。残りの三人が一人ずつで対峙する形になった。
四人が一気に倒れたことを訝しんで、ウィンの相手はなかなか距離を詰めてこない。少し離れたところで、ロディと相手も間合いをはかっている。
何かきっかけが必要だと思った。
ウィンは、突然ばっとその場にしゃがんだ。大地に手をつき、憑座の力を行使する。そしてそのまま全力で大地を蹴って相手に向かって突進し、棒を突き出した。
ウィンの棒は、先端が金属で覆われている。刃物ではないが、緩やかな円錐状になっており、突くと拳骨で激しく殴られたような衝撃が走る形だ。その一撃が、刺客の鳩尾に入る。刃物に備えた胴当てをしているのか、ズンッと硬いものが響く感触があった。何が起こったか分からないという表情を浮かべたまま、相手は崩れ落ちた。息の根を止めたかは分からないが、当分動き出すことはないだろう。
ロディは?目の端に映っていた限りでは、ウィンたちの戦いをきっかけに、彼らも刃を交え始めたようだったが……。
振り向くと、兄も自分の相手を片付けたところだった。彼は馬に乗ったままだ。刺客も手練れだったが、ロディの強さは伊達ではない。戦場に行けば、一騎当千とまで言われる武者だ。
では少年は、と見ると、彼もどうにか自分の相手を倒したようだった。こちらは、鳥たちが集中的に援護したようで、戦い終わって離れる鳥たちは、まるで黒い竜巻がほどけていくようだった。
ウィンとは違い、少年は倒れている敵に近づいて短刀で止めを刺した。
彼は、肩で息をしながらウィンたちの方に向き直った。
「助かった。礼を言う」
そして今度は少女たちに顔を向け、
「まだ来るな」
と言った。彼は、倒れている刺客を一人ずつ見て回り、短刀で止めをさして行った。
クスノキにしがみついた少女は青い顔をしつつもそれを見守り、銀髪の少女は俯いて祈りを捧げていた。
ウィンの乗ってきた馬が、戦いが終わったのを察して、ぽくぽくと彼女の元に戻ってきた。ウィンは愛馬に歩み寄り、手綱をとって首筋を撫でた。
全ての敵をあの世に送り、全ての味方がもはや助からないことを確かめ、険しい表情を浮かべたまま少年はクスノキの根本に戻ってきた。そして、ウィンとロディに向かって言った。
「すまないが、礼をできるような持ち合わせはない。助けてもらっておいて何だが、ちょっと立て込んでてな。立ち去ってくれないか」
ウィンは首を振る。そして、少女たちに向かって尋ねた。
「私を呼んだのはあなたたち?」
クスノキの少女が、銀髪の少女に尋ねるような視線を向ける。銀髪の少女は首を横に振る。それを見て、クスノキの少女が言った。
「そう、わたし。あなたが、大地の憑座?」
「嬢さんが、呼んだ?」
少年の投げかけた疑問は、しかし、少女たちの邂逅を妨げることはできなかった。
「そう、私が大地の憑座。大地の女神の憑座、ウィン。ずっと、あなたに会いたかった」
クスノキの少女がうなずく。
「わたしも会いたかった。わたしは海の女神オセアの憑座のフローラよ。そして、これが」
そう言って銀髪の少女を示す。
「巫女のシルヴィー。巫女については知っている?」
「おい、やめろ」
クスノキの少女、フローラの言葉に重ねて、少年がたしなめた。
「彼女は大丈夫よ」
フローラは落ち着いて少年に返した。
そしてロディを示して、
「ウィン、そちらは?」
と尋ねた。
「私の兄。兄のロディ。ふたりで、仲間を探す旅をしてきた。ロディも大丈夫」
そして、視線を銀髪の少女、シルヴィーに向けて、ウィンは続けた。
「巫女という人が存在することは知ってる。でも、詳しくは知らないの。どんな人なのか、私たち憑座とはどう違うのか」
「そう」
フローラはそう言って、
「さっき、木や鳥が戦ってくれたのを見たでしょう?あれが、巫女の力のひとつ。巫女は、憑座を守るために、植物や動物……すべての生き物の力を借りることができるの。他にもいろいろできるわ」
「おい、知り合いなのか感動の再開なのか知らないけど、ぐずぐずしてる暇はない」
見つめ合って話す少女二人に、少年が割り込んだ。
「こういう事態になったら、どう動くか決まってるんだろ。さっさと動け。また見つかるぞ」
「ねえ、あなた、お兄様の手の者よね?どうしてここにいるの?」
フローラが服の裾を翻して少年と向き合った。
「俺のこと、知ってんのか?」
そう言って少年は、なぜか顔をしかめた。
ウィンとロディは顔を見合わせた。この二人こそ、知り合いではなかったのか。
「お兄様が街から帰ってきた時に、一緒にいたことがあったでしょう。それから、何度かわたしの護衛にもついたことがあるわね」
「……たいした記憶力だな」
そう言いながら、少年は目を伏せた。そして、
「あんたの兄貴が、こういう時に備えて密かに俺をつけたんだ。大正解だったってこった」
そう言って、顔を上げて強い口調で続ける。
「さあ、早く動け。あんたの無事のために何人が命をかけてると思ってるんだ。護衛についてた奴は全員やられたんだ。次にどう動くべきか考えろ」
それまでウィンと話すことに気を取られていたフローラが、失った人たちに言及されてひるんだ。
少年は、その様子を確認し、フローラから視線を外してウィンたちを見る。
「もう一度言う。立ち去れ。さもないと、あんたたちまで巻き込まれるぞ。」
「待って、いやよ!」
「嬢さん……」
「こういう時は、ココシティか、おじさまの別邸か、安全だと思う方に逃げ込むことになってる」
「おい!」
軽々しく口に出すなと少年が止めようとした、その声にかぶせて、
「そこまで、私を護衛してきてくれない?」
とフローラが言った。もちろん、ウィンとロディに向かって。
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