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夢幻の書  作者: こばこ
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第七章「皇太子セディアの長い話」②

【注】*で視点が変わります。

 次にウィンが目を覚ましたのは、襲撃からもうすぐ丸二日という夕方だった。最初に目を覚ましてから、ほぼ丸一日眠っていたことになる。

「気分はどうだ?」

 ロディの問いかけに彼女は答えず、目が周囲を窺う。

「今は、坑道を出た、次の次の日よ。さっきまで大嵐だったのだけれど、今はしとしと雨が降ってるの」

 フローラの説明に、彼女は小さく頷いた。そして、おもむろに上体を起こした。

「起き上がれるの?」

 フローラは驚いた。毒が回って生死の境を彷徨ってから、まだ大して時間は経っていない。そんなに早く回復するものなのだろうか?

「大丈夫、みたい」

 ウィン自身も、驚いているようだ。

「大地が、ウィンに力を与えたのです」

 シルヴィーが静かに言った。そう言う彼女も、この二日ずっと巫女の力を使ってウィンの体内の『流れ』を整えていたのを、フローラは知っている。知っているから、フローラはその声に疲労の響きを聞き取った。

「そうか、よかった」

 ロディがそう言って胸を撫で下ろした時である。

「目が覚めたか」

 そう言って、彼女たちの背後にセディアが歩み寄ってきた。フローラは咄嗟に立ち上がった。ウィンに、兄を近付けるわけにはいかない。

 セディアは目を細めてじろりと妹を睨んでから、

「持ってろ」

と言って、腰の剣を外して彼女に押し付けた。

 フローラは、またも驚いた。十四歳で立太子してから、いや、幼くして母親をなくし、後ろ盾の力が弱まってから、兄の人生は常に危険と隣り合わせだった。

 いつ、どこで、誰に襲われるか分からない。

 実際に、敵の罠に嵌って死にかけたこともあるのだ。フローラは、立太子の儀式以来、兄が帯剣していない姿を見たことがない。その兄が、剣を彼女に預けた。その事実の重さに、思わず兄を通してしまった。

 ロディが、ずいっと進み出て兄の前に立ちはだかる。彼の手には槍が握られている。

 兄が、静かに口を開いた。

「彼女に、聞きたいことがあるんだ」



「横になっていろ」

「大丈夫だよ」

「早く回復してもらうのが最優先だ。横になれ」

 彼の有無を言わさぬ様子に、ウィンは、おずおずと横たわった。皇太子の前で、寝転がっていていいものだろうか。でも、その皇太子の命令だもんな。

 その横に、セディアがどっかりと胡座をかいた。

 沈黙。さあさあと、雨の音だけが聞こえる。


「雨だな」

 そう言って外に目をやってから、心を決めたように、彼は彼女に向き合った。小さなランプの灯りが、彼の顔に不思議な陰影をつける。ゆらゆら。深緑の瞳が、彼女を見つめる。

「なぜ私を助けた。自分の命を危険に晒してまで」

『私』?

 ウィンは少し眉を寄せる。改まった態度、改まった言葉遣い。……変なの。


「死にたかったの?」

「真面目に答えろ」

 彼女が混ぜっ返しても、彼は重々しい口調を崩さない。いつもの口調とは別人みたいだ。いつもの、と言っても、一緒に過ごしたほんの一日のものだけれど。

 ウィンは薄く笑って答えた。

「わからない」

「分からない?」

「わからないよ。咄嗟の行動に、理由がいるの?危ない、って思った。行動を共にしている目の前の人が殺されそうで、黙ってじっとしていられるものなの?」

 セディアは、少し考えるような顔をする。今度は、行動を共にしたその一日で散々見た顔だ。少し目を細めて遠くを見る、その顔。

「自分の命が危うくても、か?」

「命をかけたつもりなんてなかったから」

「何?」

「あなたが言った通り。私が甘かっただけ。

 私の相手が、あんなに早く立ち上がるとは思わなかった。敵の剣に毒が仕込まれてるとは思わなかった。それに」

 ウィンはそこで言葉を切った。セディアが、ひとつ頷いた。彼女の言わんとしたことを察したのだろう。

 ウィンの中には、とどめを刺すことへの躊躇いが、やはりどこかにあった。人を殺すための武術を、彼女は過去に捨ててきた。

「あなたを助けたのは事実だけど、命をかけるつもりはなかった。他の人がなんて言ったか分からないけど、こうなったのは私の行動の結果で、私の甘さのせい。あなたを責める気はない」

 セディアは、彼女の言葉を噛み締めるように聞いていた。そして、少し体を傾けて、彼女の顔を覗き込んだ。本心か、と聞かれている気がしたから、彼女は小さく頷いた。それを見た彼は、

「そうか。わかった。邪魔したな、もう休め」

そう言って立ち上がろうと膝を立てた。



「待って」

 席を立とうとしたセディアの横顔に、彼女が呼びかけてきた。

「なんだ」

「あなたたちは出発しないの?」

「どういう意味だ?」

 セディアは、彼女の意図が分かっていた。分かっていたけれど、聞き返した。

「あなたたちはできるだけ早く、遠くに行きたいんじゃないの。私がこんな状態だから、足止めを食ってるんでしょう?放って行かないの?」

 ウィンのすみれ色の目が、澄んだ瞳が、彼を見上げる。

「フローラが……」

 そう言いかけて、彼は首を振る。

「いや、違う」

 天気が?いや、それも違う。

「俺たちがどうするかは俺たちが決める。とりあえず、そなたは休め。さっさと回復しろ」

 そう言うと、彼はさっと立ち上がり、フローラの手から剣を回収して、彼女たちから離れた。

「そなた、ね」

 ウィンが小さく呟いたその言葉は、フローラの耳にだけ届いた。

フローラ視点でした。

次回更新は8/14(水)の予定です。

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