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夢幻の書  作者: こばこ
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第六章「夜」④

 セディアは、躊躇った。ラスクは彼女が負傷した経緯を知らない。自分を助けた彼女を、そして彼女を必死で助けようとしているその兄を、殺す。それでいいのか?

 動かないセディアに苛立ったように、ラスクが荒々しくこちらに寄ってくる。彼が剣を構えるのを見て、セディアは咄嗟に口を開いた。

「待っ……」

「ウィン!ウィン!」

 こぼれ落ちた彼の声を掻き消して、シルヴィーとフローラの叫び声が響いた。二人は転がるように、倒れているウィンの元に駆け寄る。

「どいてください!」

 シルヴィーが、今まで聞いたことのない激しい口調でロディを押しのけ、ウィンの傷口をあらためた。

「毒が……」

 真っ青な顔でそう言うと、彼女はウィンの傷口の両脇に手のひらを当てた。そのまま、険しい顔で何か念じている。

「ウィンは?ウィンはどうしたの?」

 フローラの問いかけに、ロディが一瞬、妹から目を離して氷のような眼差しをセディアに向けた。そして、苦いものを吐き出すように、

「ウィンは!あんたの兄貴がドジを踏んだのを助けたんだよ!その隙に追手に斬られた。で、そのウィンをこいつは見殺しにしようとしてたんだ!あんたが来なけりゃ、ついでに俺も殺して、まとめて厄介払いをしようとしてたのさ!」

 フローラがきっと兄を見上げる。

「お兄様!本当なの!」

 違う……いや、違わないのか。

「揉めてないで手伝ってください!」

 シルヴィーの声に、一同は彼女の手元に目をやった。

 ウィンの右脇腹にすっぱりと開いた傷口。その傷口の両脇に、シルヴィーの手があてがわれている。体の前後につけていた皮の胴当てのおかげで威力が軽減されたようで、傷自体は浅い。一見、血は止まっているようだ。

 その傷口に……暗緑色の、どろりとした液体が浮かび上がっている。その周囲は、焼きごてを当てられたようにじりじりと変色していて、沈黙が訪れると、じゅうっという音までが聞こえた。

「毒が全身に回らないよう、ここに集めています」

 シルヴィーの額には汗が滲んでいる。

「誰か、これを取り除いて……」

 彼女が最後まで言い終わらないうちに、ロディがずいっと進み出て、彼女の横に跪いた。そして、ウィンの傷口に唇を当てた。毒を吸い出す気だ。


 ロディが黙々と毒を吸っては吐き出すのを、セディアは見ていた。

 兄が妹を助けるのを見ていた。

 人が、人を助けるのを見ていた。


 フローラは、彼らを守るかのように、セディアとラスクの前に立ちはだかっている。彼女の目は、気遣わしげに時折シルヴィーとロディに向けられる。ラスクは、知らないぞ、とばかりに数歩離れたところから成り行きを見守っている。


「もう、大丈夫です」

 シルヴィーがロディに告げた。

「姫さま、すみませんが荷物からさらしをとっていただけますか?」

 侍女が皇女を使うなどあり得ないことだったが、フローラは素直に従った。行き際に、兄を睨みつけて牽制することを、彼女は忘れなかった。

 なかなか荷物をほどけないフローラを見かねて、ラスクが手助けをする。

 フローラがさらしを届けると、心得たもので、ロディが受け取ってウィンの傷口を縛った。止血するのだ。

「姫さま、さらしの上から、軽く傷口を押さえていてください。私が離れたら、また出血してしまいますから」

 そう言って、ウィンをフローラに任せたシルヴィーは、急に難しい顔になってロディに向き合った。

 そして、彼の肩を掴むとぐいっと引き寄せ、その唇に彼女の唇を押し当てた。


 突然の口づけに、残された三人は呆然と二人を見つめていた。当のロディも、何が何だか分からないようだった。

 しかし、ふと、何かに気付いたように表情が動いた。そして、すっと目を細めてシルヴィーに身を任せた。

 とても長く感じる数秒が過ぎ、シルヴィーがロディから顔を離した。そして、懐から手ぬぐいを出し、口に当てた。何かを吐き出したようだ。

「ロディ、私は毒を集めていたのですよ。いきなり口で吸ったらだめです。ウィンが助かってあなたが死んだらどうするんですか」

 シルヴィーが、静かな口調でロディを諌めた。なるほど、シルヴィーの口付けは、ロディの毒を吸い取っていたのか。


「次からは気をつけてください。特に、私がいない時は」

 シルヴィーの言葉に、ロディが眉根を寄せる。

「ということは、君は、やはり……?」

 何の話だろう。セディアには話の筋が見えない。

「はい。巫女は普通の人が死ぬようなことでは死にません。斬られても、毒を盛られても。巫女が死ぬのは」

 彼女は言葉を切ってウィンとフローラを見た。

「憑座が死ぬ時です」

次回更新は、8/4(水)の予定です!

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