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夢幻の書  作者: こばこ
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第六章「夜」②

「ウィン、ウィン。起きろ」

 ロディが小声で彼女を呼んだ。切羽詰まった響きはない。しかし、起こされるということは。

「追手?」

 ウィンは音を立てないように静かに身体を起こした。

「かもしれない。遠くてまだはっきりは分からない。シルヴィーが察したんだ」

 ロディの肩越しに、ラスクがセディアを、シルヴィーがフローラを起こしているのが見えた。


「敵の数は?」

 セディアが剣を抜き、フローラが覚醒するのを待って、ウィンが聞いた。

 シルヴィーは先ほどからずっと、近くの木に手を当てている。エノキの巨木だ。

「五、六人です。みんな忍びの心得があると思います、歩き方が木こりのものではありませんから」

 セディアの言っていた、少数精鋭の方か。

「今は馬屋とここの間くらいを進んでいます。

 恐らく馬の足跡をつけているのだと思いますが、森に入ってから、まっすぐこちらに向かっています。目的は私たちで間違いないでしょう。気配を消して慎重にゆっくり進んでいるので、ここに着くまではまだしばらくかかると思います」

 シルヴィーの説明を、輪になった一同が真剣に聞いている中で、セディアだけが明後日の方向を向いている。また何か考えているのだろうか。

「嬢さんは、予定通り木のうろに隠れろ。湿っぽいけどまあ我慢してくれ。お前は」

と、ラスクはシルヴィーの方を向いた。

 あれ?彼がシルヴィーに話しかけるの、初めてじゃないかな?こんな時に、呑気にもウィンはそう思った。

「俺たちに何があっても無視しろ。嬢さんを守ることに専念するんだ」

「分かりました」

 シルヴィーがしっかりうなずく。

 しかし。ウィンには疑問が残る。巫女みこというものは、憑座よりましに危険があれば本人の意思に関係なく身体が動くと、フローラが言っていた。私もフローラも危なかったら、シルヴィーは一体どうするんだろう?


 月明かりのもと、戦いに備えた四人は背中合わせに円になる。

「四対六か。彼女を疑うわけではないが、最悪四対八くらいの覚悟はしておくべきだな」

 ロディが一人言のように呟いた。

「手練れ相手の四対八か。ぞっとしないな」

 ラスクが応える。

 ウィンは、恐らくみんなが気になっているであろうことを伝える時が来たと思った。

「憑座の、力を使う」

 沈黙がおりた。残りの三人が、彼女の言葉の意味を噛み締める気配がする。

「もしかして、ココシティでやったやつか?」

 そう聞いたのはラスクだ。

「そう。私は、地面の質を変えることができる」

「地面の質?」

 セディアが聞き返す。彼は実際に見たことがないのだ、想像がつかないのだろう。

「ココシティでやったのは、円形砂状えんけいさじょう。つまり、地面を円く、砂に変性させて、敵の足場を悪くしたの。今回の場合は、私たちを取り囲むように敵が来ると予想されるから」

環状砂状かんじょうさじょうだな」

 とロディ。

「うん。相手の出方にもよるけど、外側の直径が四間(約四・八メートル)で、幅一間はばいっけん(約一・二メートル)ぐらいの輪っかの形に足場を崩そうと思う」

「そんなことが、本当にできるのか?」

 セディアの疑問はもっともだ。しかしラスクが、

「信用していいと思うぜ」

 と請け合った。

「ココシティの時の戦い方に合点がいった。というか、そうでもしないとあの強さはあり得ない」

「足場を砂状にしたら、相手はどうなるんだ?」

「踏ん張りが利かなくなる。海辺の砂浜では歩きにくいでしょう?あんな感じ」

「しかも予想していなかったところにいきなり崩れるんだ。何が起こったのかも分からない」

 ロディが捕捉した。

「もちろん、それだけで打撃を与えることはできないよ。でも、足場が悪くなって事態が飲み込めない相手は、たぶんここにいる面子の敵じゃない」

「じゃあ、作戦としては?」

 セディアが尋ねる。

「敵が一定の距離まで近付いてきたら、私が合図をして足場を崩す。その隙にこっちが飛び出して、相手を討つ。それで戦闘開始。一人が一人を片付けたとして、四人は減らせるでしょう?そしたら残りは多くても四人。最初の混乱から多少は抜け出していても、事態を整理はできていないだろうから、一対一で十分倒せると思う」

「おい、『討つ』とか『倒す』とか曖昧な言葉ばっかり使うな」

 ラスクが口を挟んだ。

「はっきりさせとこうぜ。目の前の相手は、確実に殺せ。四人を確実にった後で、残った何人かにかかる。そいつらも殺す。分かったな」

 ウィンは黙って考える。それしかない。それしかないのは分かっているのだが。

「我々が生きてここにいるという情報を握って、敵の本拠地に帰られるのが一番厄介だ。次々と追手が来る。なんなら軍が来るかもしれない。ここで決別したい」

 セディアがきっぱりと告げた。暗に、ここで敵を殺しておくことが一番死人が少なくて済むと言っている。彼なりの、優しさなのだろうか。


「……分かった」

 セディアに説得されてしまった。ウィンは、なんとなく面白くない。

「その砂状のやつ、技名を叫ばないとできないのか?」

「え?」

 ウィンはラスクの質問の意味が分からない。

「ココシティの時は、なんちゃら砂状!って叫んでたろ」

 ああ、とウィンは少し微笑む。

「あれは、ロディに状況を伝えたかったから。当たり前だけど、砂状化に敵味方の区別はできないから、気をつけないと味方も足を取られるの。

 発動のために声を出す必要はない。手を大地につけて力を伝えればいいだけ。両手の方が大きな力が使えるけど、今回くらいなら、片手でもいけると思う」

「なるほど、敵味方の区別はできないんだな」

 セディアが少しずつ彼女の力を理解していく。

「そう、別に戦いのための力じゃないからね。土の質を変えられるという、ただそれだけの力」

「簡単に言ってくれるじゃないか。それだけの力、か」

 ラスクがやれやれと首を振った。

「整理しよう。あまり時間がない」

 そう言ったのはロディだ。

「敵が近付いてきたら、ウィンが憑座の力を行使する。ウィン、どこまで来たら使う?」

「五歩。敵が襲いかかってくる前で、私たちが先手を取れる距離」

「発動の合図は?」

「声を出す。今だ!とか何とか言うよ。声も含めて相手は驚く」

「で、それぞれ目の前の相手を確実に殺す。残った相手は、臨機応変に、近くにいる者が殺る。それでいいな」

 ロディの確認に、沈黙が返事をした。

「あと、何かあっても、くれぐれも嬢さんの所には行くな。守るだけなら、巫女で十分だからな。俺たちは、一人でも多く追手を殺すのが役目だ」

 ラスクが捕捉をして、さらに

「あんたは、自分の命も大事にしろよ」

と、セディアに向けて添えた。

次回更新は7/28(水)の予定です。

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