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夢幻の書  作者: こばこ
28/129

第五章「因縁の地」⑤


今後、原則として*で視点が変わります。


「人目がある街道は通らない。獣道や猟師の通る道を使うんだ。俺が地図を見て、お前に道を指示する。言われた方角に向かって、馬で進めそうな道を選んで走れ」

 セディアの声に、ウィンは我に帰った。しっかりしなければ。

「分かった」

 そう言って、めまぐるしく頭を働かせる。

「分かったけど、ここはどこなの?だいたいのものでいいから、地図を見せてくれない?」

「知る必要はない」

 にべもない。

「じゃあ、海は遠いのかだけ教えてよ」

 本当に知りたいのが半分、話題を逸らしたいのが半分で、ウィンは聞いた。

「海?」

 意外な質問だったらしく、セディアの眉が少し曇る。

「海に出るには街道を横切る必要がある。危険だ。遠回りをする理由もない」

「そんなことない。海に出られれば、フローラが戦力になる」

「戦力?どういうことだ」

 なんだか彼も、この話題転換に便乗している気がする。いつになく声が感情的な気がする。

「森の中では、シルヴィーが頼りになるけどフローラは守られるだけの存在。だけど、海に出ればフローラも戦えるはず。私が大地でできることは、フローラは海でできるはず」

 フローラ自身も驚いているようで、座ったままウィンを見上げた。セディアは理解が追いつかないらしく、

「だから、どういうことだ?具体的に話せ」

「恐らくフローラは波を支配できる。海の憑座だもの。そうだよね?シルヴィー?」

 ウィンは馬屋の窓から、外で見張りをしているシルヴィーに話しかけた。

「使いこなすには、ある程度訓練が必要です。ですが、海の中でフローラ様を傷つけられる人間はいないでしょう」

 外でこちらの話を聞いていたのだろう、シルヴィーがすらすらと答える。

「百人がかりだろうと、軍船であろうと、油断や隙があろうと」

「はい。海の憑座よりましは海中での呼吸も長く持ちます。海を立体的に使えますから、大地でのウィンよりも、さらに有利に動けます」

「その実力を見ておければと思ったんだけどね」

 彼女らの発言に、セディアは考え込む姿勢を見せる。

「ここから天領てんりょうに向かうことを考えると、海はかなりの遠回りだ。仮にその話を信じたとしても、行く理由としては弱い」

 セディアはミトチカの名を口にしない。因縁の地の名前は呼ばない。目的地はただの『天領』なのだ。


 *


「もう一つ、聞いてもいい?」

「なんだ?」

 セディアは、ウィンの勢いに押されて、つい聞き返してしまった。情報はなるべく出さない方がいいのだが、彼女の調子に巻き込まれている自分に気付く。

 いや、もしかすると彼女の話すことの価値に無意識に気付いていたのかもしれない。

「天領を、管理しているのは誰なの?」

「天領?誰も何も、天領なんだから皇室の直轄地だ」

「うん。だから、皇室の誰が直接的で実務的な仕事をしているか聞いてるの。現地にいるのは誰の配下なの?皇室の人にもいろいろいるでしょう?」

 顔には出さないように努めたが、セディアは内心驚いていた。


 そう、直轄地とはいえ、実務を担当している人物はいる。その人物の意向によって、天領の運営は左右される。皇室の人間は、セディアやフローラのようにキノ家寄りの者だけでは、もちろんない。ラージ家の皇子や他家の血をんだ人間もいるのだ。

 顔には出さなかったが、セディアはウィンの質問の鋭さに舌を巻いた。

「誰かは言っても分からないだろうから言わない。だが、中立の人間、とだけ言っておこう」

 ウィンは少し考えるような顔をする。

「キノ家でもラージ家でもないってこと?でも、完全な中立なんてないでしょ?そこに逃げ込んで大丈夫なの?」

「大丈夫だ、と思う。逆に、そこが抑えられていたら、かなり厳しい事態になる。それはそれで把握しておく必要があるな」

 ウィンはふうん、と言って、

「そっか。わかった。それならいいよ。じゃ、出発しよう」

「え?いいのか?」

 あっさりとした引き際に、セディアは拍子抜けする。

「うん、いいよ。だって私なんかより、あなたたちの方が皇族の人間関係を分かってて、その上で、それでいいと判断してるんだもの」

 そう言ってウィンはくるりと荷物に向き合った。

「あなたは一人で乗るんだから、その馬に荷物をたくさん載せるからね」

 そう言ってさっさと作業にかかる彼女の後ろ姿を、セディアは不思議な気分で見つめた。

 感情的になったかと思えば、論理的に考えて主張を引くこともできる。

 小柄な少女でありながら、武器を持って戦う。

 甘っちょろいことを言いつつも、現実的な解決策を模索している。


 今まで会ったどの人物とも違う、妙な矛盾を抱えたやつだ、とセディアは思う。憑座とかいう存在だからなのか?

 でも、フローラも憑座ということだが……。

 思考が妹に及び、セディアは先ほどウィンが語ったこと思い出した。

 フローラが戦力になるって?

 守ってやらなくていいのは魅力的だと思うが。

 いや、だめだ。今までずっと守ってきた大切な妹。フローラを危険な目に合わせるわけにはいかない。

次回更新は、7/17(土)の予定です〜

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