表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の書  作者: こばこ
27/129

第五章「因縁の地」④

 聞き覚えのある地名に、ウィンは思わず息を呑んだ。


 天領ミトチカ。

 裏切りの地。因縁の地。


 この面子で、まさかミトチカを目指すことになるとは。

 良くないことと知りつつ、ちらりとロディの方を見てしまう。兄は流石で、その地名にも動揺することなく澄ました顔をしている。しかし、彼ではなくフローラが落ち着かない様子なのはどういうことだろう?

 でもだめだ、あまり黙っていると怪しまれる。

「聞いたことはある。南の陽国ヤンこくとの国境近くの、高台のところだね?」

「ああ。ここから一番近い天領はそこだからな」

 心なしか、セディアも誰とも目を合わせないようにして話しているような気がする。ミトチカの名前が出てからの、妙に気詰まりな空気感は、ウィンが醸し出してしまったかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 どうしてだろう?

 セディアにとっては、ミトチカは功名の地であるはずなのに。


 *


 この北ノ国があるヒヅル列島は、「列島」の名が示す通り、島々が連なってできている。と言っても、ヒヅル列島の中心をなすのは他の島を全て集めたよりもずっと大きい「本島」と呼ばれる大きな島で、政治経済の中心はこの本島だ。


 菱形を縦に引き伸ばしたような形をしたヒヅル本島の中央には「人」の字状に山脈が走っていた。北ノ国は『人』の左上、つまり北西に位置する国である。その位置が、その名の所以だ。右上にあたる北東にある春日国かすがのくには、八年前に北ノ国が侵攻し属国とした経緯がある。『人』の下、南にあるのが陽国ヤンこくで、北ノ国とは緊張状態が続いている。


 北ノ国は、二百年余り前に陽国から独立してできた国だ。両国の仲が良かろうはずがない。

 現陽国には豊かな平地と水、つまり豊富な食料があった。一方、北ノ国には豊かな金脈と銀脈、大陸との交易の拠点となる良港があった。戦う理由は十分だった。


『人』の字の左のはらいに当たるのは、三千メートル級の山々が連なるタバリ山脈である。この山脈が隔てる両国を行き来する道は、数えるほどしかない。

 そのうちの一つは、海岸沿いの細長い平地を通る旧街道で、ここには幾重にも防壁が築かれている。そして、残るいくつかは、山脈が少し緩やかになった部分や、谷を通る山道である。

 ミトチカは、その山道のひとつに続く高台にあった。


 高地にあり稲も麦も育たないこの地では蕎麦が食を支える。しかし、冬には雪に閉ざされるこの地は、春から秋にかけてしばしば北ノ国と陽国の戦の舞台となってきた。初夏に播き秋に収穫する蕎麦は、播いても播いても軍隊に踏み荒らされるのだ。

 では林業はというと、彼の地は水運に恵まれていなかった。重い材木を運び出せる川がない。

 ミトチカの民は常に困窮していた。戦、戦、戦。踏み荒らされる畑。


 そんな中、ミトチカのとある村が、あることに気がついた。

 この立地を利用して、陽国に情報を売れば良いのではないかと。二十五年ほど前。北ノ国の独立を元年とするこよみ北暦ほくれきの一九六年のことだ。


 軍隊が通れるような道には門があり、おいそれと行き来は出来ない。だが、山中に門があるわけではない。山の民、ミトチカの村人なら、真冬でない限り、獣道を通って山を越えることができた。

 山を越えて、北ノ国の情報を陽国に持ち込むのだ。


 当時の陽国の王は、武王と渾名されるほど戦の能力が高い王だった。自ら先陣に立ち、指揮を取った。彼の代に、陽国は分裂後最大の領土を誇った。彼ならば、村の提案を受け入れるのではないか。

 村人は、武王に賭けた。


 そして、村は潤った。


 ミトチカの近隣の村々はその様子を怪訝な目で見ていた。なぜあの村だけ、餓死者が出ないのか。なぜあの村の住人だけ、目に覇気があるのか。

 けれど、その原因を突き止めることはできなかった。


 契約から十数年が経った北暦二一三年、武王の訃報が届いた。陽国では武王亡き後、その子が王として立った。しかし、彼の手には父武王が拡大した領土は重かった。少しずつ、領土は元の国に奪われていく。

 そんな中、それに歯止めをかけ得る人物が現れた。王の子であり、武王の孫にあたる王子である。

 彼は、王子の身で先陣を切り、指揮だけでなく武器もふるった。武家に生まれたものすら、彼にはひれ伏した。その生まれにではない。その武人としての才に、だ。

 彼は王の長子ではあったが、母の身分が低く、身分制度が厳しい陽国では王位継承は見込めない。

 しかし、長身の凛々しい彼の馬上の姿に、陽国の人々は祖父武王を重ねた。彼は武王の再来と噂された。

 彼は、若くして武人としての地位を確立した。そして、祖父が築いた、かの村との秘密の契約を引き継いだ。


 武王から、若き王子へ。主人は変わったが、村人のやることは変わらない。北ノ国の情報をまとめ、陽国へ流す。陽国は、村人に食糧と金子を渡す。

 そんな関係が、武王の代から数えて二十年ほど続いた。

 しかし、今から五年前、北暦二一六年に、かの村の平穏は、北ノ国の若き皇子によって破られた。

 北ノ国皇帝の嫡男、亡き皇后の忘れ形見、皇太子セディアによって。

次回更新は7/14(水)の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ