表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の書  作者: こばこ
26/129

第五章「因縁の地」③

「ということで」

 セディアがまた全員を見渡し、最後にウィンとロディに視線を止めた。

「お前たちを護衛として雇う。天領てんりょうに着いたら、褒美は望むままだ。俺とフローラを、全力で天領まで送り届けろ」

「嫌だね」

「嫌?」

 ロディの答えに、セディアの眉根が寄る。彼はそんな顔をしていても、腹が立つくらいに様になる。

「同じ条件でお嬢さんに雇われるのは、こうなった以上仕方ない。職もないし、昨日みたいな金払いをしてくれるなら、諦めて雇われてやる。まあ命を賭けるかは怪しいが、それなりに守ってやろう。だが、あんたの護衛をする気はない」

「ロディ……」

 ウィンは兄を見てつぶやく。

 ああ、やっと話が落ち着きそうだったのに。どこまでこじれていくのだろう。

「なるほど。分からなくもない」

 しかし驚くほどあっさり、セディアはロディの主張を受け入れた。

「では、お前たち二人でフローラの護衛をしろ。命を守るだけじゃない。傷ひとつ負わせるな。いいな?」

 ウィンはフローラと視線を合わせて頷いた。彼の言いなりになるのは癪だが、こうなった以上、落としどころはここしかない。

「よし、決まったな?さっさと行こうぜ。一所ひとところに留まるのは危険だ」

 ラスクがそう言って歩き始めた。

「どこに向かうの?」

「馬と荷物を取りに行く」

 たぶん彼は『情報』に基づいて話しているんだろうなと推測しながら、ウィンは彼に続いた。


「あった」

 ラスクに言われるまでもなく、ウィンの目にも小さな小屋が見えた。彼女たちのいるところから、森の中の獣道を下った先だ。馬屋だろうか。

「馬と野営に必要な荷物があるはずだ。だけど敵が張ってるかもしれないな」

「あの」

 誰に言うともなく言ったラスクに、シルヴィーが遠慮がちに声をかけた。

「大丈夫です。この辺りに人はいません。馬屋には、馬が三頭いるそうです」

 ラスクは、言うだけ言って頭を下げたシルヴィーをまじまじと見た。そして、ふーん、と呟いてから、

「ま、どっちにしても俺が見てくる。あんたらはここを動くなよ」

 最後の一言はセディアに向けられた。セディアは片手を上げてそれに応じる。

 ラスクは道のような道でないような傾斜を滑るように降りていった。完全な沈黙が五人の間に降りる。セディアとウィンロディ兄妹きょうだいの間には、いつも一定以上の間合いがある。

 ああもう、気詰まりだなあ。


 ラスクが問題ないと告げて、一同は馬屋に入った。外の見張りはシルヴィーが受け持った。

 綺麗に手入れされた品のいい馬が三頭、藁を喰んでいた。ロディとセディアが、無言のままてきぱきと鞍をつける。

 フローラを休ませ、その横で、ウィンとラスクは荷物を点検した。

 防寒着と雨除けを兼ねたマント、毛布、汎用性の高い衣類。火打ち石、鍋を兼ねた陣笠、木製の食器、水筒代りの竹筒と瓢箪、米と麦、干し肉と干し芋。塩と味噌。小刀と串。さらしと手拭い、丸薬、貝に入った塗り薬。麻紐と小さな松明。そして幾許いくばくかの銀貨と銅貨。

 うーん、気が利いている。だいたい五人分、半月くらいはしのげる計算で準備されている。


 馬に鞍をつけ終わったセディアが彼女たちを振り返った。

「さて、どう分かれて乗るかが問題だな」

 三頭の馬に六人の人間。二人乗りが三組。ウィンも先ほどからそれについて考えていたが、答えは一つしかないように思えた。

「あんたと嬢さんは別の馬に乗れよ。いざとなったら分かれて逃げる必要がある」

 ラスクの言に、セディアは頷く。

「お前は、フローラと乗れ。『いざという時』は頼んだぞ。あとは、」

 セディアの視線がロディとウィンを捉える。ラスクが続きを引き取った。

「ココシティからと同じだ。あんたは侍女を乗せろ」

 ロディは片手をあげて意志を伝える。了解。

 さて、問題はここからだ。

「お前は」

 セディアがウィンに向かって口を開いたが、ウィンはそれに被せて、

「絶対にあなたとは乗らないからね」

「じゃあどうするんだ?一人だけ歩くのか?置いていくぞ」

「走る」

「走る?」

 流石に予想外の答えだったらしく、セディアの目が少し見開かれた。演技ではない、驚き。初めて見る彼の素の表情であるように、ウィンの目には映った。

「本気か?」

 ウィンは、彼の十八番を奪うかのように、にやりと笑って続ける。

「大地の憑座、舐めないでよ」

「へえ、楽しみだな」

 セディアは、今度は作られた顔で少し笑った。そして、ラスクの方に顔を向けて、

「組み合わせは決まった。先頭はどうする?」

「俺はだめだ。先頭と最後は一番に襲われる可能性があるからな。嬢さんを的にするわけにはいかない」

「後ろは俺が行こう」

 そう言ったのはロディだ。ラスクが意外そうな顔をする。

「いいのか?」

「お嬢さんを守るのが、今の俺たちの仕事なんだろ」

「頼りになるねえ」

 なんだかんだで、ロディとラスクは相性がいいように、ウィンには思える。


「じゃあ先頭は私だね」

 ウィンたちが刺客だとしても切り札になると言っていたし、フローラも見ているし、先頭を駆けてもいきなり後ろから斬られることはないだろう。ま、その発言自体が罠なのかもしれないけれど。

「さあ、道を教えてよ。天領天領って言ってるけど、どこの天領を目指すの?」

 ウィンの問いに、セディアは少し視線を彷徨わせてから、

「南だ。ミトチカへ向かう」

と、告げた。

次回更新は7/10(土)の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ