第五章「因縁の地」②
甘い?この武器で幾多の危機を乗り越えてきた私が?
頭に血が上ったウィンは、セディアの発言がフローラに対してロディが言ったことの意趣返しになっていることに気付かない。ある意味では、彼女の今後のために諭されていることにも。
「囲まれてでもない限り、憑座の力を使えば、一小隊くらいは敵じゃない。ロディもいるしね」
これ以上この人と話す気にならない。そう言って、くるりと回れ右をして彼から視線を外した。
しかし、セディアはなおも手を緩めない。ウィンの背中に大袈裟なため息が聞こえた。もちろんラスクのものではない。
「ずいぶん思い上がったもんだな。憑座ってのは、斬られても毒を盛られても死なないのか?」
「違うけど……」
ウィンは顔の半分だけで振り返る。
「斬られれば死ぬ。フローラと同じだ。そうなんだろ?どれだけ力があっても、完璧な人間なんていない。人間である限り、隙はどこかに必ずできる。相手が十人もいりゃ、一人や二人は必ずその隙を見つけるぜ。そんな認識でいるなら、いくら力があっても、そのうちあっさりおっ死ぬだろうな」
正論だった。
確かに、確かにそうかもしれない。でも今、彼に対してそれを認めるには、あまりにも心が波立っていた。
ウィンはまた、彼から顔を背けた。
「お前の甘さだと、どうせロディがやられたら気を取られるんだろう?その隙を突かれたら、二人とも御陀仏だ」
セディアはずけずけと続ける。
「否定できないんだろう。ということは、昨日のことは、危険性も認識できないガキが、計画性もなく、その場の感情だけで戦場に飛び込んだ。そういう主張なんだな?」
「妹の恩人に、ずいぶんな言いようだな」
それまで黙って聞いていたロディが、口を挟んだ。
「バカな恩人なのか、狡猾な刺客なのか、まだ分からない」
セディアの調子は変わらない。フローラがたまらず、お兄様、と呼びかけた。妹の声を無視してセディアが続ける。
「バカな恩人なら、フローラの言うように護衛として連れていけばいい。狡猾な刺客なら、まあ死んでくれるのが一番いいんだが、それは駄目なんだろう?だったら」
彼はそう言って視線をラスクに向けて、
「切り札を手に入れた。そう考えればいい」
「切り札?」
「あちらに対して、情報操作ができる」
「だから、私たちは敵側の刺客なんかじゃないってば!そもそもあなた達の敵が誰なのかもよく分かってないのに!」
ウィンが身体ごと彼に振り向き、叫ぶように主張した。何に対して怒っているのか、よく分からなくなってきた。
「証明できないだろう?」
セディアはあくまでも淡々と、彼女に尋ねる。
馬鹿にされた相棒を、その澄ました顔に叩き込んでやろうか。
「とはいえ今のところ、俺たちから手を出さない限り、こいつらは俺たちを害するつもりはない」
ウィンを嬲る時間は終わったのか、セディアは今度はラスクに向き合った。
「なんでそう言い切れる?」
「最初の広間で斬り合って分かった。戦いになったら、俺たちはこいつらに敵わない。つまり、こいつらがその気になったら、いつでも俺たちを殺れるんだ」
その言葉を聞いて、ぐちゃぐちゃになっていたウィンの感情がすっと冷めた。
誰かに敵わないということを、そんなに簡単に認められるものなの?そして、それをこんな風に語れるもの?ましてや皇太子として育てられた人が。
「だけど、坑道から出て、道案内が不要になっても、俺たちはまだ生きている。生かされていると言ってもいい。」
「さっきバカバカ言われた時は一発お見舞いしてやろうと思ったけどね」
思ったことが口をついて出た。しかし、それを聞いたセディアはにやりと例の笑みを浮かべた。
「ほらな。殺そうとは思わないんだろ?」
いちいち腹の立つ言い方である。
「しかも、坑道から出るなり黙って逃げ出すわけでもない。つまり、刺客だったとしても、今俺たちがここにいるという情報には価値がない。ということは」
彼は一同をぐるりと見渡す。演説会みたいだと、ウィンは思う。急に皇太子っぽくなったなあ。
「理由はさておき、今のところこいつらに俺たちを害するつもりも、敵に走るつもりもないってことだ。むしろ、俺たちが生きている方が都合がいいと考えている可能性もある。それだったら」
セディアは言葉を切ってラスクを見た。
「同行してもらった方がいい。ラスク、お前ひとりで俺とフローラを護衛するのは、はっきり言って無理だ。俺たちは、生き延びてこそだ」
そしてウィンとロディを横目で見ながら、
「こいつらは、敵にしたら厄介だ。味方にしておく方がいい」
この人、洞窟の中でみんなを観察して、ずっと、そんなことを考えていたのかな?
ラスクに丸投げで、ぼうっとしていたわけでは無さそうだ。なるほど、武将としての優秀さ、というのはこういうことなのか。
それにしても……皇太子って、こんな雑な口の利き方をするものだっけ?
次回更新は7月7日(水)の予定です。