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夢幻の書  作者: こばこ
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第一章「海の憑座」①

 異国の船が盛んに出入りする港町、ココシティ。

 その日、空はきれいな秋晴れだった。暑さはとうに失われ、秋分の祭もしばらく前に終わった。冬にはまだ少し間があり、一年で一番過ごしやすい季節だ。

 その秋の陽だまりの中に、兄妹きょうだいは佇んでいた。


 海を渡った先の大陸から、さらにずっと西の先に「西方さいほう」と呼ばれる地域がある。その西方文化を積極的に取り入れているきたくにの中でも、人と文化の最大の窓口であるこの港町は、最も異国情緒に溢れていた。

 ウィンは、自分の背後にある建物を見上げた。煉瓦造りの、どっしりとした三階建ての建物である。半円の下に長方形をくっつけたような細長い形の窓が並んでいて、木の扉が付いている。出入り口も同じ形だ。このような構造を何と呼ぶのか、彼女は知らない。

 昨日ここに着いた時に、雇い主のマイソー氏がいろいろと説明してくれたが、知らない言葉が多くてウィンにはよく分からなかった。とにかく、西方の国々で、ものすごく流行った建築様式であるらしい。確かに、質実剛健というか、迫力のある建物だ。彼女の知る建物とは随分と雰囲気が違うけど、素敵だなあと思った。

「こら、よそ見してんな」

 横から兄の鋭い声が飛んでくる。慌てて視線を前方に戻し、しかつめらしい顔を作る。忘れそうだったが、仕事中である。それも、けっこう大事な仕事らしい。

 『らしい』というのは、彼女自身、自分がここで何を護衛しているのかを知らないからだ。


 ウィンと兄は、旅から旅の生活だ。行く先々で雇われて護衛の仕事をして路銀を貯める。大体が地元の小金持ちとか商人に雇われて、旅のお供や貴重な荷物の護衛をするのだ。

 しかし、今回の件に関しては、守っているのが人なのか、物なのかも知らない。

 知らないといえば、雇い主のマイソー氏のことだって、そんなに知らないのだ。

 ウィンは、腰に指している西方風の剣に目を落とす。今朝ここで護衛についた時、マイソー氏から渡されたものだ。

「要りませんよ、重そうだし。だいいち慣れてない得物えものなんて使いこなせません」

 彼女がはっきりとそう言ったら、彼は快活に笑った。

「使わなくていいのさ。『こんな剣を持ってる奴が入り口を守ってる』って見せるのが大切なんだ。抑止効果ってやつだ」

 そう言って、彼は真剣な顔で兄妹を見た。

「君たちの実力は、助けてもらった私が一番よく知っている。だがね、君は」

 そう言って彼は、小柄なウィンに視線を向ける。

「護衛としての迫力に欠ける。実力を隠すことが都合の良いこともあるが、今回は強そうに見せる方がいい。それに」

と言って、その剣をひょいと持ち上げて見せた。

「これは飾りだ。もし戦闘になったら、その辺に放り出せば良い。敵方に使われる心配も要らない」

 そして、今度は兄とその槍に視線を向けた。

「君は、その得物で十分だな。大切な仕事になる。二人とも、よろしく頼むよ」


 今朝の会話を思い出し、ウィンは兄の長槍を見、自分の本来の武器を見た。

 彼女の武器は、『棒』である。木刀でもない。杖だと見る人もいるかもしれない。まあ、強そうには見えないな、と自分でも思う。でも、それが狙いでもあるのだ。

 鍛えているとはいえ、小柄な女性である彼女が重い武器を扱うのは難しい。それに、重い武器を使うと彼女の最大の武器である素早さが失われてしまう。こちらの武器が棒だと分かると、女であることもあいまって大抵の相手は油断してくれる。そこを突くのだ。

 まあそうなんだけどさ、と、彼女は自分の相棒を見つめる。工夫を重ねた立派な武器で、ただの棒じゃないんだけどな。


 彼女らがいる辺りは、ココシティの中でも最も賑やかな通りで、その中でも特等地だった。周囲には大店が軒を連ねる。しかし、最も大きく最も目立つのは、彼らのいる、異国からそのままもってきたようなマイソー氏の店だった。氏の権力が知れる。

「今年の冬はどうするかなあ。このままマイソーさんに付いてくことになるかもな」

 ひっきりなしに通っていた人波が少し途切れたところで、兄が声をかけてきた。

 旅から旅の二人だが、冬場はどこかに滞在せざるを得ない。北ノ国の冬は、地方にもよるが、寒さが厳しい。雪も積もる。野宿を続けていたら凍え死んでしまうかもしれなかった。

「去年は雪かき三昧だったね。あれはあれで楽しかった」

 ウィンが答える。


 前の秋、立ち寄った村の人々に、若者が教会の普請に取られて雪かきができそうにない、助けてくれと頼み込まれた。村のみんなに歓迎され、宿と食事をもらい、ひたすら雪を降ろし、掻いた。雪が少ない日は、屋内で縄のい方や、編み物や組み紐を習った。針仕事の苦手なウィンも、組み紐は楽しめた。

 また来いよ、できれば冬にな、と言われて春に発った村を、懐かしく思い出した。

 去年は楽しかったな。でも、その前、最初の冬は、きつかったなあ……。

と、彼女が思いを巡らせていたときである。


(ウィン!聞いて!)

と、頭の中に声が響いた。

(ディージェ?どうしたの?)

(海の憑座よりましが襲われてる、助けなさい!)

(海の憑座?近くにいるの?)

(そう、巫女みこも一緒にね。でも危ういわ。あの子が私に頼るくらいだもの、本当に危ないみたい)

(どこに行けばいい?)

 大地の女神は、ココシティの城門から出てすぐの丘を告げる。

(走っていける距離だね)

(馬がある方がいいんじゃない。相手、多そうよ)

(かえって時間を食うけど)

(あんたが着くまで粘るように言っとくわ)

 そして、ウィンは兄ロディを見上げて言ったのだ。


「行こう」

次話はすぐに投稿します。

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